進化論は自然科学か?: ダーウィン社会学(1)

ダーウィンの進化論は、歴史上、繰り返し繰り返し、政治的、経済的イデオロギーや利益の追求に利用されてきた。」

ジェレミー・リフキン著、竹内 均訳、エントロピーの法則Ⅱ「21世紀の生存原理・遺伝子工学時代の世界観」祥伝社より

 

産業化社会と社会的進化論

ダーウィンは、自分の姿を自然という鏡に映して見ている一人のブルジョアにすぎない。」➡ オットー・ランク(精神分析医)

19世紀前半、自然淘汰論に賛成する人々は、ほとんどがイギリス人だった。それはなぜなのか。科学に国境がないのなら、これはいささか妙な話ではないか。」➡ ジョン・C・グリーン(「聖書と投票箱」1988年 等、宗教と政治に関して多くの著述がある。)

 

進化論は資本主義の台頭期、その最も強烈な国に生まれた。進化論の誕生と産業資本主義の勃興は偶然の一致とは思えない。当時のイギリスの政治と経済の状況は「最も競争に強いものが生き残る」というものであり、ダーウィンの進化論には、当時の社会的状況が色濃く反映されている

 

産業革命がもたらした自然観

産業革命により、イギリス人の生活は急激に変化した。無線技術の発達により何百マイルも離れた場所から、一瞬にしてメッセージを受け取ったり、当時としては想像もできない速さで軌道上を疾走する機関車を見、人々が、「人間は史上初めて完全に自然を支配下に置いたのだ。」と考えたのも無理からぬことであった

 

まさに機械の時代であった。どこもかしこも話題はもっぱら機械の発明であり、当時の人々は完全にそれに夢中になっていた。」

 

これらの機械が、その時代の物質面を象徴するとすれば、その時代のもう一面を象徴するのは、生存競争である。誰もが新しい社会の利益にあやかりたいと、日夜戦い続けている時代であった。」

 

「ダーウィンは、機械化時代に機械的な生物社会の概念を確立したのである。人間社会の闘いを、動植物の闘いに置き換えて見せた。私有財産相続制の社会において、生き残るためにいちばん大切なものは、占有と遺伝であると述べた。」➡ 「ダーウィン伝」ジョフリー・ウェスト

 

ダーウィンは自然の中に、英国社会とイギリス人の欲望と自由競争の原理を見出そうとした。当時の社会の中にアイデアを求めて、それを自然に当てはめた。そして、進化論は、当時の過酷な生存競争社会に酷似した自然観として受け入れられた

ダーウィンの個人的事情: ダーウィン社会学(2)

競争とは無縁の家庭環境

⇒ ダーウィンの両親はともに中産階級に属し、思慮分別に富み、安定した財産に支えられ、生活苦とは無縁の人たちだった。真面目で独立心が強く、文化や芸術に関心を持ち、困難にあっても断固として世の中をわたってゆく、意志強固な英国人タイプだった。

 

⇒ ダーウィンは、快適だが平凡な少年時代を送る、典型的な良家の子どもだった。知的にすば抜けているということもなく、まあまあの成績だったため、父親はひとかどの人間にはなれないだろうと心配していた。

 

⇒ パブリック・スクールで学んだあと、ケンブリッジ大学に進み、ビーグル号の航海に同行、その後、結婚し、ダウンという40軒ほどの人家と教会のある静かな小さな田舎町で、進化に関する執筆を始める。

 

心理的葛藤

ダーウィンは、病弱(慢性疲労症候群だったらしい)で30才の頃から亡くなるまでの約40年間は、日常生活も満足に送れないような状態だった。

友人たちは、私のことをヒポコンデリー(憂鬱症)だと思っている。」

強者が勝つという結論を受けいれるのは、私自身まったくつらいことだ。」➡ ダーウィン

 

父親の遺産により生活に不自由なく、生存競争とは無縁の生活を送るダーウィンだったが、彼自身は生活のための労働をしないことに後ろめたさを感じており、それが出来ない自分は社会不適応者だと強い劣等感を持っていたと言われている

 

ダーウィンは自分に欠陥があったからこそ、これらの概念を作り上げたともいえる。というのも、人間の世界観というものは、その最も強い潜在的願望、期待や欲望や切望の表れだとも受け取れるからである。」

ジェレミー・リフキン著、竹内 均訳、エントロピーの法則Ⅱ「21世紀の生存原理・遺伝子工学時代の世界観」祥伝社より

根拠なき進化論(1): ダーウィン社会学(3)

化石では進化論を説明できない

最初の生命の発生に関しては、ほとんど化石の証拠物が無いので、進化の構造の説明は、その基盤もスタートも全部仮説だということができる。直接の証拠が無いから、生命の発生に関しては純粋な推測の域を出ず、これらの推測が正しいのかどうか、判断する基準もないのが現状である。」➡ ピエール・ポールグラッセ(生物学者)

 

化石記録は、最初から進化論にとってあまりよい証拠とは考えられなかった。ダーウィン自身も、それぞれの種は『中間生物』を経て、ゆっくりと新種に変わっていき、化石がそれを立証すると言いながら、『それはどこにあるんだろう?』と種の起源の中に記述している。地質的記録(化石)の中には、いくら探してもこの答えはなかったのである。」

ジェレミー・リフキン著、竹内 均訳、エントロピーの法則Ⅱ「21世紀の生存原理・遺伝子工学時代の世界観」祥伝社より

 

中間体が見つからない

⇒古生代カンブリア期の岩石層からは、さまざまな軟体動物、クラゲ、海綿、甲殻類などの無脊椎動物が一斉に発見される(カンブリア大爆発)。専門家の指摘によれば、それ以前にも(少なくとも10億年間)たくさんの生物が存在していたはずであるが、いくらさがしてもカンブリア紀以前の化石が見つからない(1983年時)。化石だけ見ると生物はかなり進化したものが、いきなり現れたように見える。

 

➡現在、得られる化石記録は、ダーウィンが考えたような、生命は無機物の結合と化学反応から発生し、斬新的な変化を経て、単純なものから複雑なものへ変化するという「進化論」の証明にならない。

 

品種改良によって「変種」は起こらない

ダーウィンの進化論は、動植物の品種改良から得た仮説に基づいている。リンゴやオレンジの数知れない品種に着目し、長い年月をかければ全く新しい種に変化すると考えた。しかし、品種改良を仕事にしている人たちは早くからこの理論に疑問を呈していた。

 

私の経験から言って、半インチから2インチ半の間なら、どんな大きさのアンズでも作ることが出来る。しかし、グレープフルーツのように大きいアンズは絶対に作れない。つまり、改良にも限界があり、限界の法則というものがある。(平均回帰の法則)広範囲にわたって実験してみたが、やはりこの体験が立証されただけだった。つまり動物も植物も、遺伝的に常に今ある姿から極端に離れまいとする傾向がある。」➡ ルーサー・バーバンク(品種改良家)

根拠なき進化論(2): ダーウィン社会学(4)

ジェレミー・リフキン著、竹内 均訳、エントロピーの法則Ⅱ「21世紀の生存原理・遺伝子工学時代の世界観」祥伝社より

自然淘汰説への反論

自然淘汰の目的は、単純から複雑へ、構造上劣ったものから優れたものへ、という種の発達にあると言うが、自然界にはいまだに優れたものと劣ったものが同時に存在しているではないか。なぜ、単純なものが淘汰されていないのか。」➡ ガートルード・ヒンメルファーブ

 

➡ ダーウィンは、ミツバチの能力を高く評価し、自然淘汰の作用がゆっくりとミツバチの本能を発達させて、最小の努力で最大の蜜を得るところまで進化させたと褒め称えたものの、ほかのハチについては言及していない。たとえばクマバチにはミツバチほどの優れた能力はないが、大いに繁殖している。これは、優れたものが残り、劣ったものは淘汰されるという自然淘汰の理論と一致しない。

 

■ 「眼」の発生の矛盾

眼は、涙腺や瞼などさまざまな部分から成り、すべてが同時に機能するような完成品になった場合にしか成り立たない。ところが、目の進化過程の初期段階に、各部分は未完成で機能の関連性が無く、存在理由が無かった。自然淘汰が、器官が最終的にどう発達を遂げるかはおかまいなしに起こる冷酷な事象だとすれば、説明がつかない

 

ダーウィン自身、『目について触れられると、どう考えていいかわからず、ゾッとする気持ちを抑えられない』と友人への手紙の中に書いてるし、『眼は距離によって焦点を変えたり、入る光の量を調整したり、自由自在に機能する。これが自然淘汰で作られたと考えるのは、まったく無理であることを私自身認めざるを得ない』と告白している。」

 

生物の持つほとんどの機能は、常に総合的に働くのである。ところが自然淘汰的にいうと、新しい特性はすべて、その時点で有用か無用かで分けられてしまう。少なくともダーウィン派の人々は、私たちにそう信じ込ませた

 

独り歩きする進化論

事実の一部を誇張した理論が広がりすぎた。自然界で非常に厳しい生存競争が行われていた時期も確かにある。しかし、困難な自然界の中で攻撃的な生物が出る一方、守りによって生存を確保しようとする生物も増えたのである。武器を研ぐものもあれば、相互扶助を試みるものもあった。生きる闘いに必ずしも競争がつきものとは限らない。攻撃だけが生きる方法ではない。集団で安全を確保しあう方法を選ぶ生物も存在するのである。」➡ 「生物学概観」ジョン・アーサー・トンプソン、パトリック・G・ゲッデス

 

多くの場合、自然の激変が死や破壊の原因であり、生物の生死が全くの運しだいであることも多い。生き残ったり生まれてくる生物が適者だとは限らず、ただ幸運としか言いようがない場合も多い

ウィルス進化論: ダーウィン社会学(5)

キリンの首は何故長い

キリンの祖先は、世界三大珍獣の「オカピ」のような首の短い動物だったらしい。進化論によれば、この首の短いオカピのような動物の首が、長い年月をかけて少しづつ、何世代も何世代もかけて長くなっていったと考えられている。しかし現在、この首の短いキリンの祖先と現在のキリンの間をつなぐ中間種の化石は見つかっていない。やはり、化石から得られる情報からは、首の長いキリンが突然現れたように見える。

 

ウィルス進化論(仮説)

通常、生物が後天的に得た形質は子供に遺伝しない。遺伝によって子供に伝わる形質は、生殖細胞の遺伝子情報の中に含まれる。背の高い子供は、両親の両方かどちらか一方が「背が高くなる」遺伝子を持っていて、それが子供に伝達されて長身になる。環境、栄養、薬などの後天的条件で背が高くなったとしても、その形質は子供には伝わらない。

 

化石からも遺伝子からも、どうして生物に突然変異が起こるのか、はっきりしたことは解からないが、突然変異はレトロウイルスによる遺伝子の水平伝播で起こるという仮説がウィルス進化論である。

 

通常、RNA(リボ核酸)はDNAの指示に従いたんぱく質を合成して、細胞をつくるが、ウィルスの中には遺伝情報をRNAに保存して、寄生した生物のDNAに移し替える(逆転写)ものがいる。出血性大腸炎を起こすO157大腸菌は、大腸菌がバクテリオファージというウィルスに感染し赤痢菌のベロ毒素をつくるようになったもの。

 

キリンを例に考えると、首の短いキリンがなんらかのレトロウィルスに感染し、病気になって首が長くなる。この首の長いキリンは逆転写酵素によってDNAが書き換えられているので、その子供のキリンも首が長くなるということになる。

 

生物の進化(突然変異)はレトロウィルスによる遺伝子の水平伝播で起こるとするのがウィルス進化論であるが、これが真実だとすると進化は適者生存や自然淘汰とは無関係に起こっていることになる。少なくとも生物は、有利な立場に立つために生存競争を仕掛けているのではなく、自分の意志とは無関係に変化させられているのである。

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