サーカス: 中原中也

中原中也:山羊の歌より「サーカス」(青空文庫より引用)

 

幾時代かがありまして

茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして

冬は疾風吹きました

 

幾時代かがありまして

今夜此処での一と殷盛り

今夜此処での一と殷盛り

 

サーカス小屋は高い梁

そこに一つのブランコだ

見えるともないブランコだ

頭倒さに手を垂れて

汚れ木綿の屋蓋のもと

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 

それの近くの白い灯が

安値いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯

咽喉が鳴ります牡蠣殻と

 

屋外は真ッ闇 闇の闇

夜は劫々(こふこふ)と更けまする

落下傘奴(らくさがさめ)のノスタルヂアと

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 

サーカス:友川かずき

さよなら、世界夫人: ヘルマン・ヘッセ

さよなら、世界夫人 (ヘルマン・ヘッセ 、植村敏夫訳)

世界は我楽多の中に

横たわっている

かつてはとても 愛していたのに

 

今 ぼくらにとって死神は

もはやそれほど 怖ろしくはない

世界を 辱めてはいけない

とても 多彩で 荒あらしく

古代の魔法が いまもなお

世界の像のまわりに ただよってくる

 

ぼくらは感謝して 別れを告げよう

世界の偉きな 賭けごとから

世界は 楽しみも悩みも与えてくれた

世界は 多くの愛も与えてくれた

 

さよなら世界夫人よ

若く つやつやと身を飾れ

ぼくらは 君の幸福と 君の泣き声に

もうあきた

 

頭脳警察:さようなら世界夫人よ

 

建設的な絶望という感情

フィッツジェラルドは次のように表現している-

「昼下がりの時が流れ去っていく中を、死んでしまった彼の夢だけが、みじめに悶えながらも、絶望せずに、すでに捕えることのできないものをなおも捕まえようと苦闘を続けるのだった」

 

フィッツジェラルドが「絶望せずに」と書いていることに注目しよう。真の絶望というのは、その状況に創造的な解決をもたらすことのできるような、建設的な感情である。これこそジャズ・エイジが感じる事の出来なかったものである。

 

「たぶんギャツビーは、もう気にしないだろう。もしそうだとしたら、彼はきっと、なつかしい温かい世界を失ってしまった、あまりに長い間たった一つの夢を抱いていたために、高い代償を払った、と感じているに違いない」

ー ロロ・メイ著: 自分さがしの神話(1994年、読売新聞社)

第八章、ギャツビーとアメリカンドリームより

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