進化論のパラダイム: ダーウィン社会学(8)

嗜癖システムは欠乏モデルから方向づけられています。皆に行き渡るだけの十分なものがないために、できる限りのものを手に入れなければならないという仮説に基づいたモデルです。」

 

欠乏モデルは私たちの生活のあらゆる場面に浸透しています。私たちは金や物、愛、名声を蓄えることを学びます。手に入れられるものが十分でないと恐れるために、私たちは必要以上のものを掻き集めます。」

 

欠乏モデルは、行き渡るだけの十分なものはないという考えですが、一方の得点が他方にとって同数の失点となるゼロ=サム・モデルの方は、もし誰かが何かを手に入れたなら、自分がそれを必要とする時にはもう手に入らないだろうという考えです。」

ーアン・ウィルソン・シェフ「嗜癖する社会、1993年、誠信書房」より

 

ダーウィンは、間髪を入れずマルサスの理論に飛びついた。のちにバートランド・ラッセルも指摘したように、『ダーウィンは本質的には、自由放任経済と、マルサスの「人口論」で動物・植物界を説明した』のである。」

ージェレミー・リフキン著、竹内 均訳、エントロピーの法則Ⅱ「21世紀の生存原理・遺伝子工学時代の世界観」祥伝社より

 

実際、人類の大半が愚かであるということを考えれば、広く受け入れられている意見は、馬鹿げている可能性のほうが高い

政府がちょっと手を貸せば、どんな馬鹿げた事でも、大多数の国民が信じるようになる

本当に理性的な人間は、絶対に自分が正しいなどとは、めったに思うことは無い。理性的な人間になろうと思ったら、自分の思想に対しても常に疑いを持っていなくてはならない

バートランド・ラッセル(地球の名言、Words of the Earthより)

 

ダーウィンの思想に影響を与えたのは、チャールズ・ライエルの進化の観念、トーマス・マルサスの生存競争の概念、そして、ガラパゴス諸島での体験と観察である。

⇒ダーウィンは1871年に発表した「人間の由来」で種の進化という概念を人間にも拡張した。しかし、理論の革命的な性質にもかかわず、人間の特徴に関する考え方は、当時の家父長的な偏見を色濃く映し出している。

典型的な男性を勇敢でたくましく頭が良いと見なす一方、典型的な女性は受け身的で身体が弱く脳が不完全であると見なしたのである。「男性は女性より勇敢、好戦的、エネルギッシュで、発明の才に長けている」➡ダーウィン

 

⇒「つい最近、遺伝子決定論の虚偽性が社会生物学という、広く物議をかもした理論を生み出すことになった。その理論では、全ての社会活動が遺伝子の構造によってあらかじめ決定されたものとみなされる。こういった考えは科学的に不健全であるばかりか、極めて危険でもある。人間行動のちがいを遺伝的にあらじかじめプログラムされた不変のものと解釈することにより、人種主義や性差別の偽科学的な正当化を推し進めることになりかねないからだ。」

ー「新ターニングポイント」フリッチョフ・カプラ著、1995年、工作舎より

「陰気な学問」と進化論: ダーウィン社会学(7)

陰気な学問

世の中には飢え死にするものがあふれ、労働者は仕事を求めて村を捨て、町に押し寄せていた。貧困者は日に日に増える一方であった。」➡トーマス・マルサス『人口論』(1798年)

マルサスは、

食糧生産の増加は算術級数的だが、人口の増加は幾何級数的なので人口の増加に対し、食料の供給は常に不足する

飢えや貧困、悪や犯罪、疫病や飢饉、革命や戦争といった過酷な生存競争により、弱者は滅び、人工調整が行われる

と考えた。

 

➡マルサスは、食料供給が人口増加に追いつかないのは、神が与えた自然の摂理だと考えた。つまり、自然を効率の良い篩(ふるい)のようなものと見ていたのである。この篩によって、「生産力のある勤勉で強いものが残り、脆弱で怠惰で不精なものは淘汰される。」

➡当時のブルジョア階級は、この適者生存を旗印に、盛んに経済活動を続けた。彼等は、「市場も社会も放置しておけば勤勉なものは栄え、そうでないものは自然に脱落するように出来ている。」と、楽観的に考えていた。

➡ブルジョア階級は、政府の政治的介入には大反対し、自由放任主義経済のバックボーンとなる理論を求めていたが、この信念に答えたのがマルサスの『人口論』である。

 

経済学は、別名『陰気な学問』というありがたくない名前呼ばれているが、この原因を作った張本人もマルサスであった。(中略)神は人間を鍛えるために、果てしない需要と限られた食料を与えた、というのである。(中略)空腹を避けるために、人間は能力を精一杯使って進歩してきたのだと、彼は考えたのである。」

ージェレミー・リフキン著、竹内 均訳、エントロピーの法則Ⅱ「21世紀の生存原理・遺伝子工学時代の世界観」祥伝社より

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日本国内における年間の食品廃棄量は、食料消費全体の2割にあたる約1,800万トン。このうち、売れ残りや期限切れの食品、食べ残しなど、本来食べられたはずの、いわゆる「食品ロス」は500万トン~800万トンとされています。これは、我が国におけるコメの年間収穫量(平成24年約850万トン)に匹敵し、世界中で飢餓に苦しむ人々に向けた世界の食料援助量(平成23年で年間約390万トン)を大きく上回る量です。また、日本人1人当たりに換算すると、"おにぎり約1~2個分"が毎日捨てられている計算となります。

日本の食料自給率は現在39%(平成23年度)で、大半を輸入に頼っていますが、その一方で、食べられる食料を大量に捨てているという現実があるのです。もったいないと思いませんか。」

➡政府広報オンラインーもったいない!食べられるのに捨てられる「食品ロス」を減らそう

 

悲観主義的な見方は以前からあり、トーマス・マルサスが最初に唱えた。彼は人口増加から大きな悲劇が今にも起こると予見し、同時代の人々に警告を発したのであった。(中略)その後の科学の発展は、結果的に彼の予見が間違っていたことを証明することになった。人口はもちろん彼の予測通りに増加していったのだが、食料の供給も同じ速度で増加していったのである。」➡JAPAN繁栄への回帰、ラビ・バトラ著、総合法令

起こり得ない偶然: ダーウィン社会学(6)

確率論的矛盾

ダーウィンの理論は、確立の概念に頼っている。すなわち、時間さえ充分にあれば、確率はごくわずかでも小さい変化が積もり積もって、ひとつの種が他の種に進むというものである。しかも、これらの有機体の変化は全くの偶然のものだという。しかし、偶然だけで動植物界を形成しているひじょうに複雑で秩序正しく、しかも正確な機能を持った生物が誕生するものだろうか。」

ジェレミー・リフキン著、竹内 均訳、エントロピーの法則Ⅱ「21世紀の生存原理・遺伝子工学時代の世界観」祥伝社より

 

宇宙の年齢を100億年としても、進化した哺乳類の細胞核に含まれる2000個もの遺伝子ができるチャンスを考えると、この時間は決して充分ではない。突然変異で、今ある遺伝子情報のように複雑で整然としたシステムができる確率は、竜巻がゴミ屑を巻き上げたらジェット機ができたというようなものだ。」➡ フレッド・ホイル(宇宙物理学者)

確率的には、単細胞の生物であっても、単なる偶然でこれが発生する確率は10の7万8436乗分の1で、統計的に言えばほぼ不可能

馬のような高等生物の発生の確率は、10の100万乗分の1

 

時間が全てを解決するなどと言う理論は絶対に承認できない。この理論(進化論)は、レンガをデタラメに積み上げてほっておくと、城やギリシャの神殿が勝手に出来上がったというに等しい。」➡ セント=ジョルジ(生化学者)

 

それは不可能だと断言できる。事実、現実の状況通りにコンピューターでシュミレートを試みたが、チャンスは10の1000乗分の1以下、つまりゼロと出た。さらに、プログラムを修正して、偶然性を多めにとってみても結果は変わらなかった。それ以上やってみても、おそらくは時間の無駄である。」➡ マルセル・シュッツェンバーガー(コンピューター工学博士)

ウィルス進化論: ダーウィン社会学(5)

キリンの首は何故長い

キリンの祖先は、世界三大珍獣の「オカピ」のような首の短い動物だったらしい。進化論によれば、この首の短いオカピのような動物の首が、長い年月をかけて少しづつ、何世代も何世代もかけて長くなっていったと考えられている。しかし現在、この首の短いキリンの祖先と現在のキリンの間をつなぐ中間種の化石は見つかっていない。やはり、化石から得られる情報からは、首の長いキリンが突然現れたように見える。

 

ウィルス進化論(仮説)

通常、生物が後天的に得た形質は子供に遺伝しない。遺伝によって子供に伝わる形質は、生殖細胞の遺伝子情報の中に含まれる。背の高い子供は、両親の両方かどちらか一方が「背が高くなる」遺伝子を持っていて、それが子供に伝達されて長身になる。環境、栄養、薬などの後天的条件で背が高くなったとしても、その形質は子供には伝わらない。

 

化石からも遺伝子からも、どうして生物に突然変異が起こるのか、はっきりしたことは解からないが、突然変異はレトロウイルスによる遺伝子の水平伝播で起こるという仮説がウィルス進化論である。

 

通常、RNA(リボ核酸)はDNAの指示に従いたんぱく質を合成して、細胞をつくるが、ウィルスの中には遺伝情報をRNAに保存して、寄生した生物のDNAに移し替える(逆転写)ものがいる。出血性大腸炎を起こすO157大腸菌は、大腸菌がバクテリオファージというウィルスに感染し赤痢菌のベロ毒素をつくるようになったもの。

 

キリンを例に考えると、首の短いキリンがなんらかのレトロウィルスに感染し、病気になって首が長くなる。この首の長いキリンは逆転写酵素によってDNAが書き換えられているので、その子供のキリンも首が長くなるということになる。

 

生物の進化(突然変異)はレトロウィルスによる遺伝子の水平伝播で起こるとするのがウィルス進化論であるが、これが真実だとすると進化は適者生存や自然淘汰とは無関係に起こっていることになる。少なくとも生物は、有利な立場に立つために生存競争を仕掛けているのではなく、自分の意志とは無関係に変化させられているのである。

根拠なき進化論(2): ダーウィン社会学(4)

ジェレミー・リフキン著、竹内 均訳、エントロピーの法則Ⅱ「21世紀の生存原理・遺伝子工学時代の世界観」祥伝社より

自然淘汰説への反論

自然淘汰の目的は、単純から複雑へ、構造上劣ったものから優れたものへ、という種の発達にあると言うが、自然界にはいまだに優れたものと劣ったものが同時に存在しているではないか。なぜ、単純なものが淘汰されていないのか。」➡ ガートルード・ヒンメルファーブ

 

➡ ダーウィンは、ミツバチの能力を高く評価し、自然淘汰の作用がゆっくりとミツバチの本能を発達させて、最小の努力で最大の蜜を得るところまで進化させたと褒め称えたものの、ほかのハチについては言及していない。たとえばクマバチにはミツバチほどの優れた能力はないが、大いに繁殖している。これは、優れたものが残り、劣ったものは淘汰されるという自然淘汰の理論と一致しない。

 

■ 「眼」の発生の矛盾

眼は、涙腺や瞼などさまざまな部分から成り、すべてが同時に機能するような完成品になった場合にしか成り立たない。ところが、目の進化過程の初期段階に、各部分は未完成で機能の関連性が無く、存在理由が無かった。自然淘汰が、器官が最終的にどう発達を遂げるかはおかまいなしに起こる冷酷な事象だとすれば、説明がつかない

 

ダーウィン自身、『目について触れられると、どう考えていいかわからず、ゾッとする気持ちを抑えられない』と友人への手紙の中に書いてるし、『眼は距離によって焦点を変えたり、入る光の量を調整したり、自由自在に機能する。これが自然淘汰で作られたと考えるのは、まったく無理であることを私自身認めざるを得ない』と告白している。」

 

生物の持つほとんどの機能は、常に総合的に働くのである。ところが自然淘汰的にいうと、新しい特性はすべて、その時点で有用か無用かで分けられてしまう。少なくともダーウィン派の人々は、私たちにそう信じ込ませた

 

独り歩きする進化論

事実の一部を誇張した理論が広がりすぎた。自然界で非常に厳しい生存競争が行われていた時期も確かにある。しかし、困難な自然界の中で攻撃的な生物が出る一方、守りによって生存を確保しようとする生物も増えたのである。武器を研ぐものもあれば、相互扶助を試みるものもあった。生きる闘いに必ずしも競争がつきものとは限らない。攻撃だけが生きる方法ではない。集団で安全を確保しあう方法を選ぶ生物も存在するのである。」➡ 「生物学概観」ジョン・アーサー・トンプソン、パトリック・G・ゲッデス

 

多くの場合、自然の激変が死や破壊の原因であり、生物の生死が全くの運しだいであることも多い。生き残ったり生まれてくる生物が適者だとは限らず、ただ幸運としか言いようがない場合も多い

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