相対的価値体系の限界(2)

ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

 

ブライアンにとって嘘が悪いのは、対話によって個人間の衝突を解決しようというときに、嘘は決定的な邪魔を入れてしまうからである。ここにおいても、「悪」は主として実用上の問題であるにすぎない

要するに嘘はペイしないということである。嘘をつくなというのは、ブライアンが子供たちに教えようとしている重要事の一つである。

 

誠実が重要で、嘘が悪いのはなぜか?わかりませんね。ただそうだというだけです。それだけ基本的なことなんですよ。違うんじゃないかなんて考えてもみません。それは私の一部なんです。どうしてそうなのかわかりませんが、とても重要なことです」。

 

ブライアンは「価値観」を持つことが、そしてそれを子供たちに教えることが大事だと力説する。しかし彼は、嘘をつくなという以外には、何がそうした価値であるのか曖昧にしか言えない

 

たぶん相当部分は近代社会のユダヤ・キリスト教的倫理ということなのでしょう。これこれは悪いことだっていうのは」。

 

殺人、盗み、嘘といった、おそらくは「絶対にいけない」事柄でさえも、個人的好みの問題にすぎないとされる。あるいは、それらはやはり禁止されるべきことだとしても、その禁止は広く共有されるべき意味づけを与えてくれるような社会的・文化的基礎から切り離されてしまっている

 

私は人類のための価値体系を制定できるほどお偉い立場にはありませんよ。もっとも世界中の人たちが私の価値体系に従って生きてくれたら、もっと世界は住みやすくなるだろうぐらいにはうぬぼれていますがね」。では彼がこれでいいと信じる根拠は?

 

私はこの価値体系でとても心地よくやってますから」。これだけである。

相対的価値体系の限界(1)

君は、好きか嫌いかで物事を判断するのではなく、正しいか正しくないかで判断するんだ。そうすれば心が、もっと深いところで安心するはずだよ。➡ パトリック・ジェーン(メンタリスト)

 

ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

 

ブライアンの飽くことを知らぬエネルギー、チャレンジ精神はアメリカ文化のもっとも活動的な部分に多く共通する特徴であり、彼の活躍する企業世界にマッチしている。しかしブライアンは、どのように生きるかを述べるとき、「価値観(バリューズ)」やら「優先事項(プライオリティーズ)」やらを持ちだして来るばかりで、それらを共有されるべき目的意識や信念の枠組みのなかに位置付けて正当化することがない

 

自分に報酬をもたらしてくれるもの、これが良いものである。自分の好みが変わったなら、何が良いかも変わる。最も深い倫理的徳でさえ、個人的好みによって正当化するのみである。実際、ここにある究極的な倫理規則といえば、個人は、他人の「価値体系」に干渉しないという唯一の要請を守っていれば、自分に報酬をもたらしてくれるいかなるものを追求してもよい、ただこれだけである

 

この惑星に住む住民は、ほんの少しの、自分の空間を持つ権利があると思います。だけど、他人の空間を侵害するようなことはよくない。どうしてカリフォルニアがこんなに住みやすいのか、私がいつも言っているのはこの点です。ここの住人は、自分の価値体系に踏み込まれでもしない限り、他人の価値体系のことなど気にしないで暮らしてゆけます。ここでの大雑把なルールは、金と好きな人を手に入れたいならなんでも結構。ただし他人の財産を傷つけたり、安眠妨害をしたり、プライバシーを侵害したりしないこと。これで万事オーケーです。マリファナを吸おうが麻薬を打とうが、どうぞご勝手に。しかし路上でやらないように。私の子供には見せないように。どうぞご自分ひとりでおやりください。それなら文句なしです」。

 

たえず私的利害が衝突しあう可能性のある世界においては、ある価値体系がほかの価値体系よりも良いとは、だれも本気で言うことはできない。こうした世界への対処として、ブライアンは、相互対立の解決を可能にするような道徳的理想などというものは、そもそもあり得ないので、意見の相違を解決するのはコミュニケーションを重んじることしかないと考えている

 

コミュニケーションは男女関係にとって決定的なだけでなく、すべての人にとって、最も基本的なものです。オープンなコミュニケーションと考え抜く頭さえあれば、たいていの問題は解決できます」。

 

対立の解決は、ここでは道徳的裁定の問題ではなく、問題解決術という技術的問題となっている

ブライアン・パーマーの生活(3)

ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

 

解決されない問題

人生の喜びと満足の源泉を問い直すことで、ブライアンの思考に革命がもたらされた。人生に望むべきものについての新しい考えを理解するようになったのは、先の妻とは非常に異なるタイプの女性と再婚してからのことである。

 

自由な気持ちで愛情を受け取り、愛情を送る。わが身を捧げてみればわかります。これはまったく互恵的なことなんですね。もっと相手に関わりたい、もっと分かち合いたい。ほとんど心理的高揚状態ですね。私の考えでは、真の愛というものは、相互に尊敬し、賞賛しあい、愛情を交わし、自由な気持ちで与え、受け取ることができてはじめて成立するものです」。

 

新しい妻はブライアンと同年齢で離婚歴があり、連れ子が四人。現在は自身の三人の子供を含めたうちの五人が家に残っており、一家にはあふれる活力、相互の献身、コミットメントがあって、楽しい生活を築いている。

 

さまざまな意味において、ブライアンの物語は個人的なサクセス・ストーリーである。彼は物質的に成功したばかりではなく、人生に求めるべきものについて、物質的以上に確かな何かをつかみ取るための機会を逸しなかった。しかし、彼の人生は大勝利であるにもかかわらず、また彼は確かに充実感を得ているように見えるにもかかわらず、ブライアンの話にはなおひとつ、はっきりしないところがある。何か大事なものが未解決のままになっている

 

主体性・一貫性の欠如

ブライアンの問題が明らかになるのは、出世一筋の人生よりも今の人生が良いと言えるのは、どうしてなのか?彼に説明を求めたときである。なぜ人生が変わったのか?なぜ現在は幸せだと言えるのか?彼の述べるところによれば、その主な理由は、自分にとって何が幸せなのかについての彼の考えが変わったことにあるらしい。彼の新しい目標

ー 夫婦生活と子供たちへの献身 ーも、以前までの物質的成功の追求と同じくらい恣意的で深い考えのないもののようである。両者とも、人生の目標に対する大きな展望に基づくものというよりも、単に個人的な好みということで正当化されているにすぎない。ブライアンは自分は一貫して功利的損得計算、自己の私的利益への献身を追求してきたのだと言うが、自分の個人的好みに生じた変化について説明することは出来ない。なぜ彼の好みは変化したのか?彼の話は、ときには過去の生活を間違ったものとして拒絶しているようでもあり、ときには以前の生活に飽きが来たと言っているだけのようでもある

 

まあ、優先事項をちょいと変えてみただけですよ。成功の追求オンリーなんて良い生活であるであるとは、とても思えません。今の私にとって、成功は最重要のことではない。自分は達成したいと思うものを達成することができる、そのことを自分に証明することに満足を見出していたのです。ですから目標の達成に挑戦することに、以前みたいな神秘的な魅力がなくなったのです。子どもたちと一緒にいることからだって、個人的な報酬がたくさん得られることに気づいたのです」。

ブライアン・パーマーの生活(2)

ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

 

成功へのあくなき執着

離婚によってブライアンは人生を根本的に見つめ直すことになった。それまで自分が追い求めていた成功には限界があることを深く考えさせられた。

 

離婚はこれまでの人生で最大級の驚きでしたね。私はあらかじめ計画を立てておいてから動くタイプです。でも独り身で暮らすのに計画なんかありませんでしたから、ものを考える時間がたんとあります。考え込んでいるうちに、もうほんとに長いことやっていなかった読書を始めました。大学を出て以来忘れていたクラシック音楽のことを思い出して、初めてバッハのアルバムを買いました。考えることといったら、まずたいてい独り暮らしの方法、それから子供との接し方でした」。

 

子どもたちはブライアンと一緒に暮らすことを選んだ。彼は人生の優先事項について、これまでの考え方を改めなければならないことに気づく。

 

片親というものは世間で言っているようなものじゃないって、つくづく思い知らされましたね。まったくみじめなもんです。朝会社に出かけると、私付きの秘書がいて、参謀もおそろいで待っていて、何百という人間が私の命令で動いています。ところが、家に帰ると、どこぞのトム、ディック、ハリーと同じこと、我が子ながら三人のデカい奴らの食事の始末に追われることになる。二時間かけて夕食の準備と後片付け、それから洗濯、洋服をたたんで床掃除と、ロクでもない肉体労働ばっかりです。でも息子たちが私と暮らすほうを選んだというのは、私にとって非常に意味のある事でしたね。ひよっとして俺は『子育て課』でもまずまずの成績を上げていたのかなってわけです」。

 

妻は去り、彼女が不倫していたことも後でわかった。とはいえ、こうして反省してみることでブライアンは、人間関係における自分自身の役割について考え直すことになる。

 

私は問題とあれば解決せずにはおけない性質(たち)なのです。今回の失敗についても分析してみました。私は失敗が嫌いです。負けるのは駄目、勝つことが好きです。そこで振り返ってみて、何がまずかったかのかと考えてみたのです。そうすると、夫婦生活がご破算となったことの少なくとも50%は私の責任であると言える。見方によっては99%まで私の責任と言えるかもしれない。私は自分に問いかけてみました。なぜ私はこの場合こうするのか?職場でこうするのはなぜか?家庭でこうするのはなぜか?― 結局わかったことは、私にとってある一つの価値が非常に重要だったということです。それは成功です。あるいは失敗に対する恐れと言ってもいい。しかし私の成功志向は異常でした。すべてが仕事の、出世の、会社の犠牲になっていました。馬鹿な話!そんなことではいけないのだと思いましたね」。

ブライアン・パーマーの生活(1)

ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

 

中産階級は、とりわけアメリカ社会では中心的な位置を占めてきた。初めからアメリカは「中等身分(ミドリング・コンディション)」が主たる重要性をになっている社会であった。そして、過去100年ほどを通じて、中産階級が私たちの文化を支配し続けてきており、そのため真の上層階級も、真の労働者階級も完全には出現したことがないほどである

 

人生は挑戦である

ブライアン・パーマーは、サノゼ市郊外の快適な住宅地に住み、大企業のトップレベルの部長として働く、成功したビジネスマンである。現在41歳、背の高い、活力あふれる引き締まった体格。若いころは無数の馬鹿騒ぎ、頻繁なセックス、金稼ぎのための相当な努力の毎日を送っていたという。24歳で結婚。その後の数年間は、妻と子どもに対する大人としての責任を引き受けることが生活の指針となり、ブライアンは昇級して家族への責任を果たすことに熱心に励んだ。そのために「若い遊びの日々」と訣別することに不満はなかった。

 

そうするしかなかったのです。私は金がなければやってゆけないたちでしたし、妻は家計を助けることは出来ませんでした。では働くしかないだろう。そんな具合です。私の価値体系では独立独行(セルフ・リライアンス)ということがかなり重要なものとなっています。だから働くのはほとんど生理的なことでした。なぜ働くかは考えませんでした。ただ行って働いただけです」。

 

ブライアンと妻との生活は、彼の考えでは、満足できる性生活、子ども、出世の尊重を除いては、ほとんど共有するところのないものとなった。夫婦生活・家族生活の犠牲のもとに、彼は成功した。

 

家族との関係はどうあるのが望ましいと思っていたか?妻と子供に対し、物質的に世話をする、ものを提供するのが私の義務であり、私としては、彼女たちがそんな生活になじんでくれたら嬉しいと思っていました。重要なのは家族にたいして物質的供給の責任を果たすことであって、生活を分かち合うことは重要ではなかったのです。私はめいっぱい働きました。一番の猛烈社員でしたね。私はこう言っていました。おかげでよい車も買えたし、良い家も手に入れた、カントリー・クラブにだって入れた。お前はどうぞ出かけていって、デンと座って何か飲んで、プールに入っていればいいだろう。代金は俺が払う。俺は仕事に打ち込んでいるからなってね」。

 

ある日家に帰ってみるとー 私の家は前から売りに出されていて、買いたいという人も現れていました ー妻がこう言ったんです。『手を打つ前に覚悟しておいてちょうだい。この家を手放したら、私はあなたと別の家で暮らしますから』。彼女が離婚を考えているっていう、これが公式通告だったのです」。

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