真心の回復:タイプ3<9つの性格より>

立ち止って自分の感情を探る

タイプ3はビジネス社会に適応し高い評価を受けるが、順風満帆のときに自分の内側に目を向けることはほとんどない。成功者というイメージを演ずるために、気持ちの動揺を恐れて「会社の目標を自分の目標にして何が悪い」「私のやり方で尊敬されるのに、なぜそれに疑問を持つ必要がある」と考えたがる。タイプ3にとって、感情的なトラブルは敗者の証だからである。

 

タイプ3は、社会的使命感と自分の願望の区別ができない。成功のイメージに囚われているために、人間としての願望を抑圧しているからである。肩書や称賛、多額の予算などが与えられていると、自分の欲求を抑えて倒れるまで働く。タイプ3が、自分の正直な気持ちに気づくのは、挫折して動きがとれなくなるときだ。

 

成功という価値観しかない人間は、静止した状態では存在意義がなくなる。彼らは自分の能力と実績を過大評価するので、自分の仕事を否定されると非常に打ちひしがれるが、同時に自分の価値観は相対的なものでしかないと気づく

 

このような危機を回避するためには、立ち止ることの重要性を知る必要がある。活動を止められないのは、悩んだり、疑問を持ったり、自分を気遣うなどの余計な愚行をして、時間を無駄にすることを恐れるからである。そうだとしても、彼は立ち止って自分の感情を知る必要がある。

 

行動と本心のギャップ

タイプ3が抑圧している心に気づくためには工夫が必要だ。まず知覚が容易な筋肉の硬直や、顔の紅潮など身体感覚を見つける。次にこうした感覚を「緊張している」「興奮している」などの言葉に置き換えてみる。感覚から気持ちを探し出し、それを言葉にすることで、自分の心の変化に気づくのだ。

 

気持ちに疎いということは、タイプ3が感情を抑圧し、ロボットのように活動していることを示しているが、トレーニングを続けることにより、空想上の能力と自分を同一視したり、正当な批判を無視したりというような神経症的な状態に至っている自分に気づくことが出来る。成功を請い願うという、自分の囚われに少しでも気づくことが出来れば、完全な開放とまでは言えないがタイプ3の危機は確かに減少する。

 

仕事以外に楽しみを見つける

タイプ3は「昇進すれば幸せになれる」などと言って、楽しみを先送り にしたがる。仕事以外の楽しみを否定する姿勢が、自分も家庭も顧みないライフスタイルを招くのである。タイプ3は周囲の評価で自分の価値を測る一方で、仕事以外の自分には価値がないとも思っている。

 

仕事に貢献できないスタッフは無能に思えるが、部下を無能に思うのは失敗を極度に恐れるためである。さらに彼は失敗を他人のせいにすることも多い。だが、有能なビジネスマンであるためには、すべての責任を自分で引き受ける潔さが必要である。

 

能力を発揮するタイプ3は、エネルギーに満ちている。すさまじい勢いで働きながら時間はゆっくりと流れ、迷いや疑問もなく、成功を見通している。ストレスをストレスと思わず、ゴールに向かって無駄なく走り続ける集中力は称賛に値する。

 

ビジネス社会が切望する一流の能力は、自分の感情を大切にして、周囲との温かい関係を回復したからといって損なわれるものではない。逆に、恐怖から逃れるために過度に活動することは、惰性による無駄や強迫観念からくるストレスを抱え込むことになる。感情や私生活を守り、様々な楽しみに触れることが本物のビジネスエリートへの道である

(鈴木秀子著「9つの性格」PHP、より)

タイプ3「地位探究者」の概要<9つの性格より>

お知らせ:回覧板に関するアンケートを、飛行船過去記事http://wtellhiko3.blogspot.jp/にて実施しています。性別、年齢、地域、コメント欄は未入力で投票できます。

 

人生はどんなパンチより重くお前を打ちのめす。だがどんなパンチだろうと、どれだけこっぴどくぶちのめされようと、休まず前に進み続けろ、ひたすら苦痛に耐えて進むんだ。その先に勝利がある。

➡ シルベスター・スタローン

リーダーシップに一番必要な資質は勇気だと思う。通常勇気にはリスクがつきまとう。何かを始めて継続する勇気、この開拓者精神と冒険心がチャンスの国アメリカで、新たな道の案内役になる。

➡ ウォルト・ディズニー

脅威は普通ほとんど見えません。それは自信喪失の危機です。

➡ ジミー・カーター

失敗は、成功を引き立たせるための調味料だ。

➡ トルーマン・カポーティ

 

(鈴木秀子著「9つの性格」PHP、より)

■タイプ3(地位探究者)の状態

良い状態=楽天家、自信たっぷり、勤勉、有能、自力でものを進める、精力的、実際的。

悪い状態=信頼できない、自己陶酔的、尊大、自惚れ、薄情、浅薄(せんぱく)、意地悪、競争心が強すぎる

■タイプ3の成長のベクトル=タイプ6(内向的感情型)の肯定的面に向かう。

・多くの時間を家族や友人と過ごし、心の交流を持つ

・自己中心的程度を捨てて、グループ全体に視野を持つ

・自分の感情を大切にすると同時に、他人の感情も大切にする

・損得抜きで、他人のために働く

■タイプ3の衰退のベクトル=タイプ9(内向的感覚型)の否定的な面に向かう

・するべきことをしないで、優柔不断になる。

・感情を表さなくなる。

・仕事、薬物、アルコールなどに嗜癖し無気力になる。

・堂々巡りの末、建設的でなくなる

・自分の欠点に目を向けさせた人たちに恨みを持つ

 

タイプ3の囚われ「成功志向」

タイプ3の人生において重要なのは、目標を達成し自分を証明することで、人生の価値をすべて「成功」という尺度で測ろうとする。成功の可能性のある仕事には意欲を持つが、失敗が予想されるような事業や、注目を集めない仕事は避ける。タイプ3にとっての仕事とは他人の評価を得ることにより、成功のイメージを自分に与えるためなので、それを得るためにはどんな犠牲も厭わない。スタッフも成功のための道具と考える傾向があり、優秀な人しか眼中にない。

タイプ3の囚われ「時間」

タイプ3にとって時間は、目的のための手段であり、支配するべきものである。時間を秒刻みにして、有効に使いこなすことに執着する。タイプ3は短い時間に多くをなすことが喜びであるから、急ぎの仕事を依頼された場合に、それが重要な仕事で注目を集めるものなら時間内にやり遂げる

タイプ3の囚われ*「感情中枢」

*感情中枢は感情の次元で機能し、主に他者と関連して変化するので、感情中枢に従っている状態は、他者との個人的な出会いの際に体験することができる。

 

タイプ3は、感情中枢で本能や思考の機能まで果たそうとするので、感情中枢をフルに使って、深く生きることが出来ない。彼らが、感情を抑圧しているように見えるのはこのためである。思考中枢ではなく感情中枢を使うことで、自分の感情を満足させる「成功」にだけ知的興味を限定する。また本能中枢の代わりに感情中枢を使うことで、自分の本能的な反応を素直に表現せず、仮面を被り演技することにより偽りの感情を表す

力と成功に対する強迫観念:タイプ3な社会

A・ローウェン「ナルシシズムという病」新曜社より

お金や権力が十分にあれば、人はどんなイメージにも、見た目の重要性と力を付与することが出来る。爆弾やピストルがあれば、どんな弱い人間も、自分を世界の強力な勢力と見ることができるのだ。そして事実そのとおりである。そうなれば彼らは、普通の人間のもたない破壊力を持つことになるからである。

 

人に傷つけられたり、拒否されたり、侮蔑されたりすれば、われわれはだれでも痛みを感じる。だが、誰もが感情を否定したり、傷つくことを知らぬ優越せる人間といったイメージを投影したり、権力を渇望したりするわけではない。その違いは幼児体験にある

 

子どもが何らかの形で絶えず屈辱感にさらされていれば、身体にも精神にも屈辱の恐怖が構造化されてゆくことになる。このような人間は苦も無く次のように誓うことが出来よう。「大きくなったら私は権力を握り、お前にも誰にも二度とこんなことを、私にできないようにしてやる」。

 

不幸にもわれわれの社会では、こうしたナルシシズム的外傷が多くの子どもに生じている。なぜかといえば、自分の子どもを左右する力を自分の個人的な目的のために利用する親が多いからである

➡ アレクサンダー・ローウェン

 

<ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社>より

政治は、個性を誇示するほどには、主義主張や公共の福祉のために力を示さず、宣伝に力を注ぎ、注意深く計算された地位を持つ候補者を大衆に売り込むが、大衆にはもはや、何がその人物の実体で何がまがい物か、見分けることが出来ない

 

メディア媒体、特にテレビは、大衆に何が売れるかということに主に携わっている。浅薄な価値やイベントの人目を欺く華やかさが、あらゆる物事を判断する基準になっている。唯一の指針は「注目を集める能力」である。なにが注目され、求められているかということに価値がある。人々は見事な包装に惑わされて、中に何も入っていないことに往々にして気づかない。

 

テレビタレントの演出された親しみやすさから、美人コンテスト出場者の練習を積んだ誠実さ、「夕刊雑誌」と銘打たれる番組の弁明できないとちりに至るまで、計算されたイメージが現実であるかのように装っている。

 

人々は、ますます競争が激しくなる市場で注目されるためには何でもするので、自己顕示欲と自己宣伝は受け入れられるものになっている。理想は勝者になること、成功し、有名になり、称賛されることである。いたるところで人々が成功と名声を追い求めている

 

毎日、新刊書が、「成功のための着こなし」「成功のための食事」「成功のための人脈づくり」の仕方を教授する。私たちは自己陶酔的な空想を売りつけられている。すなわち、他の誰にでも匹敵し、他人の少しだけ上をいけば、ひとかどの人物である。自分の印象をうまく操れば、君もスターに、いや、神になれる。

 

性格のタイプ3は、自己の確認の探求を実証する。その自己は、表面的な完全さが、より多くの注目を求めれば、求めるほど空虚になる

➡ ドン・リチャード・リソ

タイプ3「地位探究者」

<C・G・ユング著「タイプ論」みすず書房より>

ところでこの個人に固有の素質に関してであるが、これについて私が言えるのは、明らかに一方には<どのタイプにも適応できる>大きな融通性もしくは能力を持っている人々がおり、他方には一つのタイプに適応し、もうひとつのタイプには適応しないでいる方がうまくいく人々もいる、ということだけである。

 

このことには我々の知識がまだ及んでいない原因<最終的には生理的な原因>が関わっているのかもしれない。そうである可能性は私のみる限りかなり高いようである。これは私が経験したことだが、タイプが逆転していると、そのためにほとんどの人は疲れ切ってしまうので、場合によっては生物としての生理的健康が著しく損なわれることもある。➡ ユング

 

<ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社>より

タイプ3の性格は<極めて落ち着かず変化しやすい>が、ユングのタイプの一つに相応しない。タイプ3は、性格のタイプの中で最も適応性のあるタイプなので、それ自身の分類区分を持つことなく、ユングのいくつかの対応の中で取り扱われている。

心象志向のタイプ3は、エーリッヒ・フロムが「市場販売志向」として説明した性格のタイプ(一部分)に対応する。

アメリカ合衆国は急速に「タイプ3」文化の国になりつつある。自愛的で、印象志向で、実質よりも外観を、実物よりも象徴を大事にする。あらゆるものが商品のように扱われる。包装され、宣伝され、売り出されるので、優秀さを求めることは、作り物を讃美することにとって代わられつつある。➡ リソ

 

市場販売志向タイプ(エーリッヒ・フロムによる)

システムが理想とする人間は、大人数で円滑に協力し合う人間、飽くことなく消費したがる人間、好みが標準化されて、影響を受けやすく行動の予測しやすい人間である。また、

 

自分では独立していると信じ、いかなる権威・主義・良心にも服従しないと言いながら、命令には進んで従い期待に添うように行動し、進んでシステムの歯車になる人間である。このような人は、

 

強制せずとも容易に操縦することができ、管理しなくても道から外れず、人間的な目的がなくても、「実行せよ」「休まず働け」「役割を果たせ」「ただ前を見て進め」といった命令に黙々と従って働く人間である。その結果現代人は、自分自身からも、仲間からも、自然からも疎外され、人間は商品になり、自分の生命を投資物件のように扱っている。➡ フロム

客体に対するコンプレックス

<C・G・ユング著「タイプ論」みすず書房より>

彼は可能性を際限なく追及するため、あらゆる懸念に常に取りつかれ、考えが明確になるほど、現実世界のどこへ、どのように当てはめればよいか途方に暮れる。

彼は自分にとって自明なことが、必ずしも他人にとって自明とは限らないことを、なかなか認めることが出来ない。彼の文体は懸念からくる、あらゆる補足限定注意疑問によって難解なものになっている

彼は他人に対して、あまり語らなくなるか、自分を理解しない人々のことが頭に浮かび、彼らの救いがたい無知を証拠立てるものを集め始める。このような理由もあって、たまたま理解を示してもらうような人が現れると、その人のことを過大評価してしまうのである

 

目立つのを避けようとするあまり、立ち居振る舞いがぎこちなく、おどおどするかと思えば、子どものような無邪気さを見せることもある。自らの専門領域においては猛烈な反発を招き、それに対しては原始的な激情によって答えるという不毛な論争に巻き込まれる。

 

彼は周囲の人から思いやりのない権威的な人と見られているが、彼をもっとよく知る人は彼の優しい人柄を高く評価している。あまり近しくない人には、無愛想で仲間づきあいに否定的な偏見を持つひねくれものと思われることもある。

 

彼は教師として個人的に影響を与えることはほとんどない。彼には生徒の心など知るよしもないからである。そもそも教えること自体に興味がないし、教えている最中にも教材について考え込んでしまい、説明することだけでは満足できないので教師失格である。

 

このタイプが度を超すと、近しくない人には好意を示すことは皆無になり、近しい人には益々依存するようになる。発言は個人的で独りよがりになり、理念は深まるほどに、手持ちの材料では説明不可能になる。そして、この材料不足の埋め合わせに情緒不安定で傷つきやすくなる。

 

彼は外からくる未知なるものは断固拒否するが、自分の内からくる未知なるものについては何としても守り通そうとする。彼は著しく主観的になり、主観的な真理と自分の人格を同一視するようになる。主観的な真理を他人に押し付けるようなことはないが、批判に対しては、それが正しい批判であっても、憎悪の念をもって立ち向かって行く。生産的な理念は憤怒の毒により破壊的になり、外部に対し孤立することは、無意識の影響力に対する戦いも増大させる。

 

本来、内向的思考は、次第に永遠の妥当性をもった原イメージへ近づく理念を発達させる点において、能動的な包括性を持つ。ただし客観的経験との結びつきが弱まるとこの理念は神話的になり、その時代の状況に対しては真実味がなくなる。したがってこの思考が価値を持つのは、その時代にとって馴染みのある明白な事実と結びついている間だけである。

 

思考と対立する感情・直感・感覚は相対的に無意識な劣等機能であり、動物的で外向的性質を持っている。内向的思考型が客体から厄介な影響を被るのは、すべてこの性質による。内向的思考型の人が周囲に張り巡らす自衛策や障壁、こうしたものはすべて<呪術的な>作用を防衛するためのものである。

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