「家に持って帰れる」給料: JAPAN繁栄への回帰-4

「JAPAN繁栄への回帰」JAPAN THE RETURN TO PROSPERITY

ラビ・バトラ著、青柳孝直+山田智彦訳、総合法令、1996年より

 

■第二次成長期(1973年以降の伝統的経済政策期

第二次成長期に生産性は76%の上昇分があったが、税引き後の実質賃金指数はほぼ横ばいだった。賃金指数は1980年わずかに下がった後、1993年まではゆっくりとだが上昇した。この賃金の停滞によって賃金格差が広がり、結果的に不平等格差が生まれる。累進課税制度の抑制の下にあっても、その格差は広がっていった。

 

実質賃金指数と一人当たり実質GDP (1973~1993、1990年がベース)

年度 実質賃金 租税負担(%) 税引後賃金 一人当たりGDP
(単位:百万円)
1973   79.4   25.0   59.5   2.04
1975   80.2   25.8   59.5   2.07
1980   85.5   31.3   58.7   2.46
1985   89.8   34.6   58.7   2.85
1990 100.0   39.6   60.4   3.49
1993   99.8   38.6   61.3   3.59

 

特に1975年から1985年の間、税引き後の実質賃金が下降していったが企業の利益は急増していった。それに加え、税制によって高い減価償却費が認められたため、実際に報告されている利益よりも内部留保資金としての伸びはもっとあったはずである。

 

1970年代から企業の吸収合併が頻繁に行われるようになり、1950~1960年にかけて減少した産業独占の割合が強まってゆく。そして各産業における独占率はアメリカのレベルにゆっくり近づいていった。(市場はハイレベルの競争から大企業による寡占状態へと移行

 

その一方で、このような変化は企業間の競争力に深刻な影響は与えなかった。つまり、独占がもたらす弊害が起きなかったのである。なぜならば、組合の力が弱まり、従来ならば組合が能力に合わせて勝ち取っていた賃金が獲得できなくなっていたからである。日本の企業はすでに国内ではなく海外との競争に入っていたことから、組合は価格低下とそれに伴う賃金の低下には抵抗できなかった

 

これが、生産性が上昇したにもかかわらず税引き後の賃金が下落していった主な理由である。当然ながら企業内における民主主義経済もすたれていった

 

ここまで見てくれば、私たちは「家に持って帰れる」給料を問題にする限り、日本の経済は1975年以降停滞していると結論付けることが出来るだろう

 

*日本経済は安定成長期終焉後である1991年から約20年以上にわたり低迷することになる。(失われた20年)

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