使われた恐怖:クリシュナムルティの授業から-2

(゚Д゚)ノ「達磨大師さま、わたくしは毎日が不安で仕方ありません。」

 

( `ー´)ノ「それでは、あなたの不安というものを持ってきて私に見せなさい。そうしたらその不安を取り除いてあげよう。」

 

(゚Д゚)ノ「あの、えー、不安というものを探してみましたが見つかりませんでした。」

 

( `ー´)ノ「そうか、それはよかった。不安がなかったのだから、あなたは心配する必要がないのだ。」

 

(゚Д゚)ノ「・・・・・。」

 

恐怖を利用する社会

➡J.クリシュナムルティ、有為エンジェル訳「恐怖なしに生きる」平河出版社より

 

過去の宗教の多くは人間を管理する手段として、恐怖を利用してきた。それらの宗教は「現世できちんとやらなければ、その代償は来世で払うことになる」と啓発する。すべての宗教は愛を説き、兄弟愛に触れ、人類は一つだと語る一方、きわめて狡猾、ないしは野蛮に、この恐怖心を維持し利用してきた。

 

学校で生徒に対し「がんばれ、君たちよりずっと優秀な誰それ君のような生徒になるんだ」と煽るような場合、生徒を発奮させる半面、心の内に人と比較することから生ずる恐怖を生み出す。恐怖は意図する、しないに関わらず人間を管理する場合に多く用いられている。

 

教育の場で生徒の恐怖を取り除く手助けをすることは有意義なことだとクリシュナムルティは説く。なぜなら恐怖は人間を堕落させるからだ。恐怖は人間の精神を捻じ曲げて鈍感にさせる、そうなるともう人間は聡明ではいられなくなる。

 

恐怖は黒い雲のようなものです。恐怖を抱いているときはまるで黒い雲を心に浮かべ絶えず怯えながら、燦々と照る太陽の下を歩いている感じです。」➡ クリシュナムルティ

 

真の教育とは、子供たちが恐怖を理解して、恐怖から解放される手助けをすることではないだろうかとクリシュナムルティは語る。

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