心の解析図:ケン・ウィルバー「無境界」-1

15-316

平河出版社、ケン・ウィルバー著、吉福伸逸訳「無境界」自己成長のセラピー論より

アイデンティティの諸レベル

アイデンティティの究極のレベルは自己超越のレベルで図の一番下、統一意識と呼ばれるもの。このレベルでは自己と非自己が「一つの調和した全体」であり、此処には自己と非自己を分ける境界がない。

 

図の左上から右下に伸びる斜線は、各々のレベルで境界を設ける「場所」を示している。統一意識の領域では、自分が宇宙と一体であり、真の自己は自らの身体だけでなく、宇宙全体であると感じている。全有機体のレベルではアイデンティティの感覚が全体としての宇宙から有機体(生命体)へと移行し、環境と分離した分だけ狭くなっている。自我のレベルでは有機体の一部分にすぎない「自我」がアイデンティティを持つために自我と身体の間に境界がつくられ、さらに狭くなっている。仮面(ペルソナ)の領域では、自分の精神の好ましくない側面を疎外、抑圧し、心の特定の側面ー心理学でいうところのペルソナー「仮面」の領域にだけにアイデンティティを持つようになる。仮面のレベルになると、環境に加えて、身体と魂の重要な要素が外的で異質な非自己に見える。

 

心の問題は「前線」で生まれる

「前線」は常に戦線となる可能性を秘めている。境界線が領域を相対立する二つのグループに分けてしまうからである。そして心の問題はその人がどのレベルにいるかで異なる。

 

たとえば、有機体レベルにいる人は、環境を敵になる可能性を秘めたものと考える。環境が異質で外的なものに見えた場合、生命と健康が脅かされるのではないかという不安が生ずるからである。ところが、自我のレベルにいる人は環境だけでなく、自分の身体も同様に異質な領域に見えてくる。境界線が心と身体を分けるので、自分の身体が敵になってしまうのである。さらに、仮面のレベルで問題は極めて顕著に現れる。自らの魂の諸局面の間に境界線を引いてしまったため、単なるペルソナとしての自分対、環境+身体+精神という無意味な対立をつくりだしてしまったからである。

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