納屋を立てる:2

(゚Д゚)ノ おい!ジョン・ブック、イングリッシュに気を付けるのだぞ

➡ 映画「刑事ジョンブック・目撃者」より

 

岡崎照男・訳「パパラギ」初めて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集、立風書房より

 

( `ー´)ノ  ヨーロッパにはたぶん、私たちの島のヤシの木よりもたくさんの人がいるが、彼らの顔は灰のように暗い。仕事が楽しくないから、職業が彼らのあらゆる喜びを食いつぶしてしまったから、仕事をしても、実どころか葉っぱ一枚作って喜ぶこともできないから。

 

( `ー´)ノ それゆえ職業を持つ人びとの心には、鎖でしばられ、逃げようとしても逃げられない獣のような何かがある。そしてすべての人びとが、他人をうらやみ、他人に嫉妬しながら、お互いの職業を比べ合い、あの職業は尊いとか卑しいとか、しきりにごたくを並べている。

 

( `ー´)ノ そうではなく、すべての職業は、それだけでは不完全なものなのだ。なぜなら人間は手だけ、足だけでなく、頭だけでもない。みんなをいっしょにまとめていくのが人間なのだ。手も足も頭も、みんないっしょになりたがっている。からだの全部、心の全部がいっしょに働いて、はじめて人の心はすこやかな喜びを感じる。だが、人間の一部分だけが生きるのだとすれば、ほかのところはみな、死んでしまうほかはない。こうなると人はめちゃめちゃになり、やけになり、そうでなければ病気になる

 

( `ー´)ノ パパラギの生き方は、職業のためにめちゃめちゃになっている。しかし、そのことに彼らは気がつこうとしない。そして私がこんなことを語っているのを聞いたら、まちがいなく、彼らは私を馬鹿だと言い切るだろう。自分でどんな職業についたこともなく、ヨーロッパ人のように仕事をしたこともないのだから、判断ができるわけがないのに、裁判官になりたがっている、と言って。

 

( `ー´)ノ 腹いっぱい食べ、頭の上に屋根を持ち、村の広場で祭りを楽しむために、神さまは私たちに働けとおっしゃる。だがそれ以上になぜ働かなければならないのか。パパラギはこのことについて、正直に答えたこともなく、意見を聞かせてくれたこともない。私たちの仕事はほんのちょっぴりで、職業という点からは、貧しく見えるかもしれない。だが、たくさんの島の心正しい兄弟たちは、喜びとともに自分の仕事をする。決して苦しみながらではない。そんな仕事なら全然しないほうがましだ

 

( `ー´)ノ パパラギは自分の仕事について話すとき、まるで重荷におさえつけれれたようにため息をつく。だがサモアの若者たちは歌いながらタロ芋畑へいそぎ、娘たちも歌いながら流れる小川で腰布を洗う。大いなる心は、私たちが職業のために青ざめて、ヒキガエルや入江の底をはう虫のように、はいずり歩くことを決して喜びはしない。大いなる心は、私たちがすべての行いを、誇り高く、正しく行うことを、そしていつも喜びの目と、しなやかな手足を持った人間であることを望まれるのだ。

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