孤独の増大

「自由からの逃走」エーリッヒ・フロム著・日高六郎訳、東京創元社

より

個性化の二つの側面

子供は成長するに従い、自由を欲し独立を求める気持ちが生まれる。個性化の側面の一つは、子供の肉体・精神・感情が強くなり、おのおのの領域において積極性が高まると同時に、それぞれの領域が統合されてゆくということである。そして、理性的な思考によって導かれる一つの組織化されたパーソナリティー(自我)が形成されてゆく。個性化のおし進められてゆく過程は、自我の成長ということもできる。個性化と自我の成長がどこまで達するかは、部分的には個人的条件によるが、本質的には社会的条件に左右される。そして、すべての社会は、ある一定の個性化のレベルを持っているが、普通の人間はそのレベル以上に進むことは出来ない。 そして、

個性化の過程のもう一つの側面は、孤独が増大してゆくということである。

第一次的絆は、外界との間に根本的な統一を与え、子供はその絆により安定して生きることができる。しかし、

子供は成長に従い、自立のためにこの絆を切ろうとする。そして、

自分が孤独であること、他人から独立した存在であると自覚するようになる。このようにして、

第一次的絆からの分離は、無力と不安の感情を生み出す

 

⇒ 外界は、個人的存在と比較すれば圧倒的に強力であり、往々にして脅威と危険に満ちている。人間は、外界の一部分である限り、個人の行動の可能性や責任を自覚する必要はなく、外界に怯えることもない。しかし、人間が独立した個人になろうとすれば、自分独りで外界の圧倒的な力と対峙する必要がある。ここに、

個性を投げ捨てて外界に没入し、孤独と無力の感情を克服しようとする衝動が生まれる。しかし、

これらの衝動や、それから生まれる新しい絆は、成長の過程でたちきられた第一次的絆と同じものではない。

母親の胎内に戻ることができないのと同じように、個性化の過程を逆行することはできない。もしあえて、そのようにしようとすれば、それはどうしても服従の性格をおびることになる。しかも、

そのような服従においては、権威とそれに服従する子供とのあいだの根本的な矛盾は解消されない。子供は意識的には安定と満足を感じるかもしれないが、無意識的には、自分の払っている代価が、自分の強さと統一性の放棄であることを知っているからである。そしてこのような服従は、かつてのものとは正反対の結果を生む。 すなわち、

服従は子供の不安を増大し、同時に敵意と反抗を生み出す。そして、その敵意と反抗は、子供が依存している(依存するようになった)まさにその人に向けられるので、なお一層激しいものになるのである

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