個人主義の未来

ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

 

私たちはいかに生きるべきかアメリカ人とはいったい誰なのか?このような質問を、私たちは全国各地の市民に聞いてみた。彼らの人生について、彼らにとってもっとも大事な事柄について話し合った。私たちはまた、彼らの家族や地域共同体について、彼らの疑いや、不安、そして大きな社会(国民社会)に対する彼らの希望や恐れについて話し合った。

 

彼らはみな、何が正しい生き方か何を子供に教えるべきか何が私たちの公共的な責任で、何が私的な責任なのかといった問題をめぐって、熱心に語った。しかし同時にまた、彼らはこうしたテーマに多少面食らっている様子でもあった。これらの問題は重要な関心事ではあるが、道徳的な問いかけは私的な懸念として処理され、このような問題を公に問うたりするのは厄介なこと、きまりの悪いことであるかのようだった

 

私たちが投げかけた、そして人々がくり返し私たちに投げかけた根本的問いは、どうしたら道徳的に筋の通った人生を維持あるいは創造することが可能か、というものである。しかし、私たちがどのような人生を送りたいと思っているかは、私たちがどのような国民であるかにかかっている

 

フランスの社会哲学者トクヴィルは、アメリカ人のモーレス(社会の安全や公共の福祉に有用であると成員がみなす強い規範)を「心の習慣」とよんだ。彼は、アメリカ人の家族生活と宗教的伝統と地域の政治への参加を取り出して、それらが政治共同体への関わりを持つことのできる人間、究極的には自由な諸制度の維持に貢献することのできる人間の創造に資していると論じた

 

彼はまた、私たちの国民性のいくつかの側面ー 彼はそれを「個人主義」の名で呼んだ最初の一人である。ー が、ゆくゆくアメリカ人をお互いに孤立させ、前提である自由を崩壊させるかもしれないと警告した。アメリカの歴史を強固に貫いているものは、個人主義であるように思われる。私たちは、この個人主義が病巣のように増殖を遂げているのではないかという懸念をもっている。個人主義は、トクヴィルが社会に潜在する破壊的な要素を中和するものと考えた社会的外皮(家族生活、宗教的伝統、地域的政治参加)を破壊し、自由そのものの存続をも脅かしつつあるのではないかと憂慮している

 

そして、私たちはまた、個人性を破壊することなしに個人主義の破壊的な側面を制限し抑制してくれるような、そしてアメリカ人の生き方のもう一つのモデルを提供してくれるような、もろもろの文化的伝統の実践にも関心を抱いている

 

 

 

 

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