相対的価値体系の限界(3)

アメリカ人というのは奇怪な人種だ。われわれは、人が家を建てるのを見ると、当然そこに住むつもりで建てているのだろう、と考えるわけだが、彼らときたら、屋根が出来上がるやいなや、その家を売りに出して別の場所へ引っ越してしまう」。

 

アメリカ人は自分を何かにつなぎ止めておくことができない。子供の頃から変化に慣れきっており、その挙げ句、変化こそ人間の自然状態だと思い込んでいる。彼らは絶えず変化しなければと感じている。いやそれどころか、変化を愛している。安定することなく絶えず変化することは彼らにとって悩みの種であるどころか、彼らに奇跡をもたらすのである」。➡ トクヴィル

 

ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

 

ブライアンの価値なるものはといえば、たえず個人的好みの問題へとずれ込んでゆかざるをえないものである。そして、自分の好みに合うように決断するというのが、唯一残された倫理的問題となる。彼は物質的成功よりも家族や子供たちの方にコミットするようになったというが、それを正当化する実質的根拠は奇妙にも存在していない

 

AコースよりもBコースの方が個人的満足が大きいと気づいただけのことです。自分自身このほうが楽しいということですね。いまの私の家は混沌たる連合体です。そこに飛び込んで、何かを形作ろうとするのです。二つの家族を一つにまとめてゆくわけですからね。これが挑戦なんですよ。そう、挑戦ってことです。だから私は面白がっているんです。私にとって家族が大事なのは、そのためでしょうね」。

 

妻に対して彼が強調する優しさと賛嘆、子供たちに対して彼が感じているらしい純粋な献身の情、そして彼自身の快活な自信にもかかわらず、ブライアンは自分の人生を正当化するのに脆弱な基盤しか持ち合わせていない。道徳的に見て彼の人生は、出世主義に支配されていた以前の状態よりもはるかに首尾一貫しているように思われる。しかし彼の話を聞くと、他者に対して彼が抱いているもっとも深い愛情でさえ、その時々の欲望という以上の確たる基礎を持っていないことがわかる。彼の人生を意義づけている真のコミットメントであるはずのもの― それを説明できる言語を彼は欠いている。そうである限り、せっかくのコミットメントも不安定なまま留まることになる。

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