精神的疲労と無気力 ナチズムの心理(1)

今も、私の声は世界中の何百万人もの人々のもとに、絶望した男性、女性、子どもたち、罪のない人びとを拷問し投獄する組織の犠牲者のもとに届いている。私の声が聞こえる人たちに言う。絶望してはいけない。➡ チャーリー・チャップリン(独裁者より)

 

ナチズムの成功の心理的基盤を考えるとき、次のことを区別しなければならない。すなわち、

一部の人々はなんら強力な抵抗を示すことなく、同時にイデオロギーや政府の讃美者になることもなく、ナチ政権に屈服した

他の一部の人々は新しいイデオロギーに深く惹きつけられ、その主張者たちに狂信的に結び付いた。

 

無力なブルジョワジー

第一のグループは主として労働者階級や自由主義的及びカトリック的なブルジョアジーからなっていた。これらのグループは、ナチズムに対し、その当初から1933年に至るまで、絶えず敵意を抱いていたが、その優れた、特に労働者階級の組織を持っていたにもかかわらず、彼らの政治的信念のあらわれとして当然期待してよいはずの抵抗を示さなかった。彼らの抵抗の意思はたちまち崩壊し、それ以後、彼らはナチ政権に対し(英雄的に戦った少数のものを除いて)ほとんど障害とはならなかった。

 

ナチ政権に対する簡単な服従は、心理的には主として内的な疲労とあきらめの状態のように思われる。そしてこの状態は、現代における個人の特徴であり、民主的国々においても例外ではない

 

当時のドイツにおいては、労働者階級に関する限り、もう一つの条件が存在していた。すなわち、1918年の革命*1における最初の勝利ののちに、労働者階級が喫した敗北*2である。労働者階級は社会主義の実現、少なくとも、彼らの社会的地位の向上について強い希望をもって、戦後の時期に入っていった。しかし理由はともかく、労働者階級は敗北の連続に直面し、すべての希望を完全に失ってしまった

 

1930年の初頭までに、最初の勝利の諸成果はほとんど完全に破壊され、その結果、あきらめ、指導者への不信、政治的組織や政治的活動の価値に対する懐疑、などの深い失望感を得ただけであった

 

彼らはなおそれぞれの政党の党員としてとどまり、意識的にはその政治上の主義を信じていた。しかし心の奥底では、多くの人々は政治的行為の有効性について、すべての希望を失ってしまっていた

「自由からの逃走」エーリッヒ・フロム著・日高六郎訳、東京創元社

より

 

*1- 11月3日、キール軍港の水兵の反乱が発端になり、大衆が蜂起、皇帝が廃位され、ドイツ帝国が打倒された。

*2- 帝政が打倒され共和国が樹立したが、帝国時代の支配層である軍部、独占資本家、ユンカー(地主層貴族)は温存された。彼らの後援者である極右勢力、軍人らの共和国転覆の陰謀、クーデターが政府を揺さぶる一方で、極左党派は社会民主党の労働者への裏切りを激しく攻撃し、政治的に非常に不安定な状態となっていた。

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