破壊の原理

➡ A・ローウェン「ナルシシズムという病い」文化・心理の病理(新曜社)より

他者を傷つけたり破壊してゆく行為は、感情の否定、勝利という目標、そして権力のイメージという観点からのみ十分理解できる。従業員を酷使する経営者や、年金生活者からお金をだまし取る詐欺師は同じ原理にもとづいて行動している。両者はいづれも他者を現実に存在する人間として見ることができない。彼らの目には、他者が利用すべき客体としか存在していないのである。

 

とりわけ年老いた年金生活者は人間として見られることが少ない。なぜなら詐欺師は自分自身をも人間とみなしていないからである。彼らは悪知恵で世界を渡り、他人を出し抜いたり、他人の裏をかく自分の能力に同一化している。他人に嘘をついたり騙したりすることは、成功という目標からすれば、また他人の上前をはねる能力を物差しにして、自分は優秀だと考える彼らの自我イメージからすれば、取るに足らないことなのだ

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勝利という最優先の重要課題、感情の否定、イメージの役割、これらの結びつきが最も明瞭になるのが戦争である。勝つか負けるかは、生きるか死ぬかの問題となるので、感情の入りこむ余地など全くない。しかしながら彼らは、同じ部隊のメンバーにたいする感情によって、自らの人間性を保つ。そのような感情がなければ、殺人兵器になったり、気が狂ってしまう危険に身をさらすことになるだろう。兵士はナルシシストではないが、戦争は彼らにナルシシストのように行動することを強制するのである

 

不幸なことに、戦争は軍事行動に限られる話ではない。たいていの大都市にはギャングの抗争があり、ギャングのメンバーは、兵士のように感情や人間的諸価値を否定しながら役目を果たす。だが私たちにはそれ以外にも、

企業間の戦争、政治的な戦争、家族の戦争があって、ナルシシズム的傾向を促進し、他人を傷つけたり破壊する行為を助長している

 

敵が現実に存在する人間として描かれることはない。なぜなら、現実に存在する人間を殺すのは容易なことではないからである。兵士は滅ぼさなければならない敵をイメージとして見ることを教育される。たとえば「鬼畜米英」、「ジャップ」、「ナチ野郎」など。だがそのようになるには自己を捨て、自らがイメージとならなければならない。彼らは命令に従うこと、疑問を持たないこと、感情を捨て戦うことを役割とする兵士なのだ

 

兵士は自分に恐怖や痛みや悲しみを感じさせてはならない。このような感情に触れることは、兵士としてのイメージをくじき、戦場で効果的に行動することを不可能にするからである。また彼らはこのようなイメージを拒むことは出来ない。というのは、そうすれば彼らは上官と衝突し、ひいては生き残ることが難しくなるからだ

➡ A・ローウェン

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