「公共善」という残された課題

アメリカは、単なる戦争ではなく、理性を基礎として築かれた世界で最初の国家です。築いた人々は18世紀の理神論者でした。国章の上に「In God We Trust(われらは神を信じる)」の文字が見えますね。しかし、これは聖書の神ではありません。建国者たちは人類の堕落という考えを信じてはいませんでした

 

彼らは人間の知性が神から切り離されるとは思っていませんでした。二次的な関心事というか、現世のはかない関心事を洗い流してしまった人間の知性ならば、清められた鏡のような明るさで、合理的な神の知性の反映を見られるはずだ。理性が神との触れ合いを可能にしてくれる。というわけで、こういう紳士たちにとっては、どこにも特別啓示などはありはしない。実際、なにひとつない

➡ ジョーゼフ・キャンベル

 

公共善のための六つのビジョン

独立独行の競争的企業と公共的な連帯の理念、この両者の間にある緊張はアメリカ史における最重要の未解決問題である。アメリカ人は、公共体の理想のうちに、個人の自由と自己実現への欲求を定着し完結できるような信頼関係を求めている。公共的領域で言えば、全国規模の制度化された生活の枠の中で、経済的追求と互恵的関係を統合しようとする欲求である。独立独行と共同体の調和という両面感情の強い葛藤はアメリカ文化の特徴の一つである。

 

個人の自律性と現代経済の相互依存関係をどのように結び付けるかという問題でも、アメリカの歴史は葛藤をくり返し、揺れ動いている。

 

この百年間、合衆国では公共善をめぐる異なる六つのヴィジョンが生み出されている。これらはどれも、次第に相互依存性が高まってゆく社会に暮らす市民の、「いったい自分たちはどんな国民なのか」「自分たちはどこへ向かうべきなのか」を明確に知りたいという要望に答えるべく描き出された。

 

1、「エスタブリッシュメント」対「ポピュリズム」

最初の組は、19世紀後半の10数年に現れ、第一次世界大戦が終わるまでの国民意識を形成していた。

2、「新資本主義」対「福祉型リベラリズム」

1929年(世界恐慌)の私企業経済の崩壊に続く環境の急変は第二の論争を引き起こした。

3、「行政管理型社会」対「経済民主主義」

企業・政府間協定をめぐる難題は新しい様相を呈し、そこからさらに競合するヴィジョンが登場する。

 

公共善についての概念、あるいは国民共同体のあるべき姿を問うたものとして、エスタブリッシュメントのヴィジョンもポピュリズムのヴィジョンもアメリカの文化的想像力の基本的源泉に触れている。それゆえこの最初の一組のヴィジョンが差し出しているテーマは、続く二組のヴィジョンにとっても基調をなすものとなるのである」。

 

ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

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