プロテスト・ソング:非暴力の「力」

あなたは左だけを見ているのかもしれません。右側だけを見て、それを中道だと思っているかもしれません。道が一本道で、これよりほかに道がないと思っているかもしれませんが、現実は違うのです。左右だけでなく上下にも道はあるのです。そして、右も左も、上も下も相対的価値観の世界です。普遍的な価値を見つける努力をしないと、世の中の争い事は終わりません。➡ 日月神示・月光之巻

 

ディポーティーズ:ウディ・ガスリー作

1948年、カリフォルニア州北部のロスガトス渓谷に、移民局がチャーターした輸送機が墜落し、28人のメキシコの日雇労働者と4人のアメリカ人が死亡したが、メディアはメキシコ人の死亡について報道をしなかった。メキシコ、アメリカ両国間には、大戦による労働力不足を補うための一時的な契約に関する合意があったが、不当に低い賃金で働かせ、契約が切れると強制送還するという農場経営者も多かった。ディポーティー(deportee)は被追放者、流刑者の意。

 

勝利への賛歌(Here’s To You):In Concerto - Venezia 10.11.07

1971年制作の映画「死刑台のメロディ」(伊、仏合作)の主題曲。

1920年、マサチューセッツの靴工場で強盗事件が発生、会計部長とガートマンが射殺されたほか、1万6千ドルが奪われた。容疑者としてイタリア系移民のニコラ・サッコとバルトロメオ・ヴァンゼッティが逮捕される。1921年4月、デダム裁判所は死刑判決を下すが、不公正な審理に対する抗議行動がアメリカ国内のみならず、世界各地で起こった。容疑者二人は、第一次大戦を徴兵拒否、さらに労働者に対しストライキの指導をするなどして、無政府主義者あるいは共産主義者と見なされていた。当時、アメリカでは不況による労働争議が頻繁に起こり、社会不安の原因を一部の過激分子に擦り付け、共産主義に対する嫌悪が蔓延していた。裁判は二人の「思想」を嫌う裁判官と陪審員による不当裁判であるというのが抗議の理由である。1927年、州知事は特別委員会を設置したが、助命嘆願は棄却され死刑が執行される。しかし、刑の執行から50年後、州知事のマイケル・デュカキスは、「裁判は偏見と敵意にもとづいた誤りである」として二人の無実を公表した。

 

ホワッツ・ゴーイン・オン:マーヴィン・ゲイ

ポップシンガーのマーヴィン・ゲイがベトナム反戦のために創作したとされるプロテスト・ソング。所属していたモータウンの社長は「こんな歌を発表したら君のキャリアは終わるよ」。と忠告したが、マーヴィンの意志は固く、「これで失敗したら、君の意見は二度と聞かない」。という条件付きで発売された。ホワッツ・ゴーイン・オンはアルバムに先駆けシングルとして発売され、ビルボードホット100で2位、R&Bチャートで1位を記録した。この曲が支持されたことで残りの曲のレコーディングが行われ、1971年、同名のアルバム「What’s Going On」がリリースされた。

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