新自由主義のヴィジョン

1980年の大統領選挙でロナルド・レーガンは「家族、仕事、近隣、平和そして自由といった言葉に込められている価値のの共同体に加わっている国中の人々との新しいコンセンサス」を建てることが自分の使命であると定義した。

 

レーガンのレトリックでは、こういった言葉は道徳的な響きを持ちながらも、公共的というよりは私的な徳を喚起するものである。レーガンは就任演説に際して「我々国民は、自分たちの食料をつくり、自分たちの町を警備し、自分たちの鉱山と工場で働き、自分たちの子どもを教え、自分たちの家を護り、病気のときは自分たちで癒しあう男と女よりなるところの、特殊利益集団なのだ」。と述べた。

 

職業によって国民を定義づけることにより、レーガンは国民を一個の政体ではなく、一個の経済であると捉え、国民の全体は、全アメリカ市民に対して平等な機会を与えるような、健全で活気あふれる経済成長に主たる関心を寄せる、一個の「利益集団」であると表現する。

 

政府の主な目的は、独立独行の個人が経済的目的を、自由のうちに追求するための平和と安全を保護することである。だから、これらの目的以外のものを供給しようとする「大きくなり過ぎた政府」はダイエットしなければならない。政府は失敗した個人のために「安全ネット」を張る必要を認めながらも、援助は本当に困窮した人を保護し、独立独行へ引き戻すだけの必要最低限に切り詰めるべきであるとしている。

個人的慈善のために政府計画に訴えるような考え方は今こそ拒否するべきである。自分の持てるものより出して何かをなすこと、心の広さとはこういうものである」。➡ ロナルド・レーガン

 

私は人類への奉仕となるような事業を求めたりなどしなかったですね。私に言わせれば、たくさんの人間を雇い、たくさんの金を生み出すような事業だったら、それがそのまま人類への奉仕になるということです。我々のやることの中に欲が含まれていないものはありません。欲からしていることだからといって、何らやましいことはありません」。➡ ジャスティン・ダート(実業家)

 

企業家たちは社会問題に対してしばしば冷淡である。事実、ダートは社会問題のことを「権利の平等とか言ったタワゴト」と呼んでいる。しかし、ジェリー・ファルウェル(牧師、テレビ伝道師)の言葉を借りれば、新自由主義は「アメリカに人間らしい生活を呼び戻す」ための宗教的潮流と手を結ぶことが少なくない。この流れは伝統的な家族とキリスト教の保守的形態を奨励して復古的な姿勢をとる一方で、個人的な繁栄の手段としての科学技術と物質的進歩については概ね肯定的である。

 

言い換えれば、新自由主義は、いくつかの点で19世紀の町の文化との連続性を保持する一方、町の文化は地域的で私的な生活の基盤としてだけ受け入れ、国民社会の統合のためには、自由市場の力学のみが効果的手段たり得るとみなすのである


ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

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