福祉型リベラリズムのヴィジョン

ロバート・N・ベラー、R・マドセン、S・M・ティプトン、W・M・サリヴァン、A・スウィドラー 共著 「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

 

福祉型リベラリズムは、大恐慌における私企業の崩壊に対応して発展した。その眼目は、経済的成長と社会的調和という利益のために市場の働きを調整すべく、政府が行政に介入するところにある。福祉型リベラリズムも、物質的豊かさの増大をもたらす中核的な機構として資本主義市場を肯定するが、連邦政府は市場交換を規制もしくは援助するためにつくられる機関によって、常に市場介入を行う必要があると考えた。

 

積極的介入は、道徳的な目的のためにも行われる。すなわち、すべての市民に対し平等な機会を用意すること、搾取を抑止すること、1970年代以降は、環境資源を保護することなどである。エドワード・ケネディは民主党の大統領候補の指名をジミー・カーターに譲った1980年の演説で公平さと同情(コンパッション)にもとづく政府の必要を訴えた。

具体的なプログラムは時に廃れます、しかし公平さの理想はつねに生き続けるものです。周囲の状況は変化します。しかし同情にもとづく仕事がやむことはないでしょう。金を投げ与えれば問題が解決するわけではないというのも事実です。しかし国家的課題を無関心と冷淡のごみ捨て場に放り投げてはならないということも確かです。私たち国民が要求するのは、最も小さな政府でも、最も大きな政府でもない、最もよい政府なのです」。➡ エドワード・ケネディ

 

エドワード・ケネディは続けて、完全雇用の実現、労働者の安全、産業復興、環境保護を訴え、さらにあらゆる力を動員してインフレを抑制し、税制を改革して富裕層の税金を増やし、医療コストの抑制と国民皆保険の実現を主張した。そして、このような政府を支えるためには、

いかなるものであれ犠牲が払われなければならないときには、その犠牲は皆が分け持つこと、しかも公平に分け持つという原則を守らなければならない。こうすることで市民の立場に忠実であり続ける、同情に溢れる政府を確保することができる」、と述べた。

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