二つの「構えのタイプ」と四つの「機能タイプ」

内向と外向という表面的で大まかな区分けとは別に、人間は個々の心理的な基本機能によっても区別されるとユングは考えた。個人は生まれつきに(生物学的機能によって)思考・感情・感覚・直感のいづれかが優位であり、これが習慣化することにより「タイプ」が成立する。さらにこれらのタイプのそれぞれが、客体に対してどのように振舞うかによって、内向的か外向的であり得る。

内向的思考型・外向的思考型、内向的感情型・外向的感情型、

内向的感覚型・外向的感覚型、内向的直観型・外向的直観型。

ユングのタイプはエニアグラムの各タイプに、おおむね対応する。

タイプ1(改革する人) ⇔外向的思考型

タイプ2(人を助ける人)⇔外向的感情型

タイプ3(地位探究者)⇔(ユングのタイプ論には当てはまらない)

タイプ4(芸術家)   ⇔内向的直観型

タイプ5(考える人)  ⇔内向的思考型

タイプ6(忠実な人)  ⇔内向的感情型

タイプ7(万能選手)  ⇔外向型感覚型

タイプ8(統率者)   ⇔外向的直観型

タイプ9(調停者)   ⇔内向的感覚型

 

構えのタイプ

一般的な二つのタイプは、それぞれのタイプに特有な、客体に対する構えによって区別される。

⇒内向型の人は客体を無視する態度をとる。彼がいつも配慮しているのは、結局、客体からリピドー(心的エネルギー)を奪い取ることであり、まるで客体が優位になることを防ごうとしているようである。

➡外向型の人は、客体に対して積極的な態度をとる。彼は客体の意義を高く評価し、自らの主観的な構えを客体に従って方向づけ、客体に関連付ける。客体は彼にとって最高の価値を持ち、客体の重要性は高まらざるを得ない。

 

この二つのタイプはあまりに異なっているので、両タイプの存在は容易に見出すことが出来る。閉鎖的で心の内を明かさない、しばしば内気な人がいる一方で、まったく反対にあけっぴろげで愛想がよく、少なくとも親切で人好きな性格の人がいる。こうした対照は、単にその人特有の性格構造として個別的に理解されがちであるが、多くの人と深い付き合いを続けるならば、当初想定したよりも、類型的で普遍的なものであることが理解されてくる

 

このような性格の違いは、広くあらゆる階層に見られ、職業の違いや、専門的教育の有無、あるいは性の違いにかかわらず、広く見出すことが出来る。

 

内向型か外向型かの性格の違いを、個人が意識的・意図的に選択した結果だとすれば、この対立がこれほどまでに普遍的に見られることはありえない。もしそうならば、同一の教育と教養を持ち、地域的にも一定の範囲に住む特定の人びとが、一方の考えを主として持つということになってしまう。

 

現実にはそうしたことは起こっていない。むしろ正反対に、タイプは見たところバラバラに分布している。同じ家族でも、ある子どもは内向的であり、別の子どもは外向的である。こうした事実に照らすと、「構えのタイプ」は明らかに偶然に分布する普遍的な現象である。これらは、意識的な判断や学習が原因ではなく、おそらく無意識的で本能的な基盤から来たものと考えられる。したがってタイプの違いは普遍的な心理現象であり、何らかの生物学的な先駆形態を持つに違いない。      <C・G・ユング著「タイプ論」みすず書房より>

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