遊ぶフクロウ

ここで言う贅沢は金額の大きさのことではありません。色づいた秋の木々の葉陰から入江を見下ろし、水面に浮かぶ鴨を見つめること、香料入りの熱いお風呂に入ったり、一人きりの時間を過ごすことを言うのです。ただ生き生きとしていることが贅沢なのです。➡ A・W・シェフ「嗜癖する社会」誠信書房

 

欲望は快楽のカギである。どれほど大きな快楽を感じられるかは、その人がどれほど生き生きとしているかによって決定される。<中略>(子供たちこそが)最も強く欲望を感じ、欲望が実現されたときに最も大きな快楽を手にする人間である。<中略>ここに喜びというものの秘密がある。すなわち、それはあまりにうきうきするものであるために圧倒されてしまうということだ。だが、喜びを経験するためには、勢いに身を任せて感情を表現することに対する不安から、自由でなければならない。言い換えるならば、子どものように楽天的で無邪気でなければならない。➡ A・ローウェン「ナルシシズムという病い」新曜社

 

私たちには思いやりなどありません。膨大な知識と経験はあります。医学的、技術的、科学的には、素晴らしいことをなしえます。ところが私たちにはおよそ思いやりというものがないのです。思いやりとはすべての人間や動物や自然に対する愛情のことです。

恐怖に囚われているときや、心が絶え間なく快楽を追求しているときに、どうやって思いやりをもてるでしょう。あなたは恐怖を抑えつけ、土の中に埋めてしまいたいし、また思いやりをもちたいのです。あなたはともかく思いやりをもちたい。でもそれはできません。思いやる気持ちは恐怖がないときしかもてないのです。➡J・クリシュナムルティ「恐怖なしに生きる」平河出版社

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