内向的直観型

芸術に関して言えば、情熱はつねに常識に打ち勝つべきだ。君たちはただ夢を追ってるんじゃない、自分の運命を掴もうとしているのだ。➡ ロバート・デニーロ

 

伝統とは火を守ることであり、灰を崇拝することではない

➡ グスタフ・マーラー

あらゆる現実は、かつては空想でしかなかった

➡ ウィリアム・ブレイク

 

こういうことを言うのは変かもしれないが、華やかな場所に出るのがさほど好きというわけではないんだ愛情を得るために遠くへ出かけて、何万と言う人の前で演奏することを求める人もいるが、僕はすぐそばにいる人から愛情をもらっているから、それでいいんだ

➡ ボブ・ディラン

 

(鈴木秀子著「9つの性格」PHP、より)

タイプ4(芸術家)の状態

良い状態思いやりがある、内省的、表現豊か独創的、勘が鋭い、人を励ます洗練されている。

悪い状態=意気消沈、自意識過剰、罪悪感に囚われる、道徳を振りかざす、引きこもる、片意地で気まぐれ、物思いに没頭、嫉妬心と復讐心に悩む。

タイプ4の成長のベクトル=タイプ1「改革する人」(外向的思考型)の肯定的な面に向かう。

・自制的で地に足の着いた生き方を選択する。

・山積みの問題に着手し、実践性を高める

より大きな理想に基づいて行動する。

・感情に支配されにくくなる。

タイプ4の衰退のベクトル=タイプ2「人を助ける人」(外向的感情型)の否定的な面に向かう。

・空虚さや孤独を埋めるために、他人を操作し依存する。

個性を否定して、偽善的になる。

特別な存在と認められることに執着する。

内向的直感型の概要

内向的直観が首座を占める独特のタイプは、一方で神秘的な夢想家と予見者、他方では夢想家と芸術家を生み出す。彼らの最大関心事は感覚器官を通して、客体を見分け捉える(知覚する)ことであり、彼が生産的な芸術家である場合、その知覚されたものに形を与えることである。ところが夢想家は直覚するだけで満足してしまい、彼は直覚によって形を与えられる、つまり決定される。

 

直観があまりに深まると、その人は目前の現実から極端に離れ、身近な人にすらまったく謎めいた人物となる。彼が芸術家である場合、彼の作品は浮世離れした一種異様なものとなる。

あらゆる色彩を放ち、意味深長で陳腐、美しくてグロテスク、高尚でありながら気まぐれなものになる。彼が芸術家でない場合には、埋もれた天才、ぶらぶらしている大人物、天才と馬鹿は紙一重的な「心理」ドラマの主人公のような人物であることが多い。

 

知覚を道徳的に扱うためには、判断を下す機能をある程度強化しなければならないため、内向的直観型の本性そのままでいるわけにはいかない。しかし直覚を純粋に審美的ものから道徳的なものへ転換させるためなら判断をほんの少し分化させるだけで十分である。こうしてこのタイプの変種が生まれる。この場合、本来の審美的な態度とは異なるとはいえ、やはり内向的直観型の特徴を示す。

 

道徳的な問題が彼の内に生じるには、自分と自分の幻視との関係について考える場合、すなわち直覚したり、それに価値や形態を与えるだけでは満足せず、その直観が自分ないし世界にとって、どのような意味をもつのかという疑問を持つに至った場合である。たとえば義務とか使命などの観点から見て、その直観が自分ないし世界にとっていかなる結論をもたらすのかという疑問である。

 

普通、直観型の人は判断を抑圧していたり、知覚の支配下に置いているため、こうした疑問を持つことはほとんどない。なぜなら彼にとって問題となるのは知覚の在り方だけだからである。そのため彼は道徳的な問題を訳の分からないもの、馬鹿げたものと感じ、できるだけ考えまいとする

 

これと異なるのが道徳的な構えをもった直観型の人である。彼は自らの幻視がもっている意味に心を奪われ、幻視が持つ広大な審美的可能性よりも、自分ないし世界に与える倫理的影響力の方を気にかける

自らの判断を通して彼は、自分が人間として丸ごと自分の幻視のなかに何らかの形で関わっていること、そして幻視が単に認識されるだけでなく主体の血肉になり得ることを、もちろんたいていはただ漠然とではあるが感じることが出来る。

この発見によって彼は、自らの幻視を自分自身の血肉に変える必要性に迫られる。しかし彼が拠り所にしているのは主として幻視であるため、道徳的な試みは一面的なものになる。つまり確かに直観の持つ内的で永遠な意味には適っているが、いま目の前にある現実には適わないものになる。そのため彼は現実に対する影響力をあまり持てない。彼は完全には理解されない。彼の話すことは世間の人々の話すこととはあきらかに違っていて、あまりに主観的すぎるからである。彼の論証には他人を納得させる道理や妥当性が欠けている。彼にできるのはただ告白し、述べることだけである。彼は荒野に叫ぶ説教者である

 

内向的直観型の人が最も抑圧するのは客体の感覚である。無意識の中には補償として太古的な性格を持つ外向的感覚機能が存在する。この感覚の特性は衝動的で歯止めのきかないことであり、加えて感覚的印象に異常なほど縛られている。この性質により、霞を食って生きるかのような構えが補償され、ある程度の重みが与えられ、その結果として完全に「昇華」してしまうことを防ぐことが出来る。

 

ところが意識的な構えがあまりに行き過ぎると、内的感覚に完全に支配され無意識が敵の手に落ちる。あまりにも客体に縛られる強迫的感覚が生まれ、意識的な構えに逆らうようになる。神経症の形態としては強迫神経症であり、身体的な症状としての心気症、五感の過敏症、特定の人物への強迫的固着である。

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