善きサマリア人

無力な者や貧しい者やよそ者に対する愛こそが、兄弟愛の始まりである。身内を愛することは別に偉いことではない。動物だって子供を愛し、世話をする。自分の役に立たない者を愛するときに、はじめて愛は開花する。聖書において、人間がおもに愛するのは貧乏人、よそ者、寡婦、孤児、そして国の敵であるエジプト人やソドム人である

➡ エーリッヒ・フロム

 

映画「七人の侍」予告編

 

大変な話題でした、アメリカでは。

はじめて日本人(日米修好通商条約使節団)見るんですから。

未知の世界から来た人、違う文明をもった人。それを見るために新聞

も雑誌も大騒ぎでした。ワシントン市内郊外含めて、4分の3くらいが

留守だったそうですよ。それぐらいの人が沿道に出てきたわけです。

 

そのニューヨークの広小路、ブロードウェイで彼らが行進するのを盛

り上がって見ていたんですけど、ホイットマンも見ていたんですね。

彼は非常に感動して「ブロードウェイの行進」という、いい詩を書い

てますよ。

 

西の海を越えて 今ニッポンからやってきた

礼儀正しく 日に焼けた頬の 二本の刀を携えた使節たちが

覆いのない馬車に ゆったりと身を委ね

帽子は被らず 平然と何物にも動じる気配なく

今日 マンハッタンの町を 馬車に任せて進む

私たちの処へ 私の町へ 美しくそそり立つ

大理石と鉄の建物が向かい合う その間の空間を人々が歩く町に

今日私たちの真裏から 対極の人々が訪れた

 

いくつかの印象的な言葉を拾ってみますと

「感慨深げな黙想」「情熱を秘めている」大変な褒め方ですね。

「真摯な魂が目を輝かせている」とかですね、

「香りの高いゆったりとした流れるような衣服を着ている」とか、

 

ホイットマンは感動的に書いてくれているんですが、この感動的な光景というのは、もう帰らぬ一枚の絵であって、我々の民族も、もうそれを失うわけで。

 

当時、気品があって礼儀正しくて、挙措動作(きょそどうさ)が実にちゃんとしているのは、京都の公家社会から生まれたものではなくて江戸の山の手から生まれたと私は思ってるんですけど。高級な旗本、中級以上の旗本社会というのは実に立派なものでした。

 

ただ実質は別ですよ。頭の中身は大したことない人物でした。村垣という副使もですね、陳腐な陳腐な文章が書けるだけの人です。ただ、小栗だけは違ってました。当時、井伊直弼が大老で小栗はそ実質的な代理として存在してました。

 

正使でも村垣でも、別に能力を期待されたわけではなくて、江戸幕府というものは本人の能力にほとんど期待しないという。これが太平の世というものなんですが・・・。

 

勝海舟がアメリカから帰って、江戸城に呼ばれて、ずらっと老中が並んで海舟に、「かの国と我が国の違いは何か?」尋ねると海舟は、

(=゚ω゚)ノ  「アメリカという国は、重い位にいる人はみな、それ相応に賢いです。日本とは全然違います」と。

 

要するに<お前らはみな、ボンクラだ>というわけで、万座興ざめたそうですけど。海舟はこういうことを言って職から遠ざけられるのですけれども。

 

攘夷志士として海舟を殺そうとして、海舟に会った途端に転向して門人になってしまった坂本龍馬が海舟に、

(゚Д゚)ノ 「ワシントン初代大統領の、ご子孫はどうなさっておいでですか?」と聞くと海舟は、

 

( `ー´)ノ 「何処でどうしているか、そんなことは知らない。そんなことは、どうでもいいことなんだ」。

(゚Д゚)ノ 「では、大統領という人は平素どのようなことを考えているのでしょうか?」

 

( `ー´)ノ 「皆の給料が上手く払われているか、下働きの女性の給料がきちんと支払われているかというようなことを考えている」。

(゚Д゚)ノ 「・・・・・」。

 

というようなことを、まあ、龍馬もまだ若かったんで、話したらしいんです。坂本龍馬はこのときに革命家になったといってもいいでしょうね。

 

海舟という人はですね、幕府を愛していました。自分の「お里」ですから当然愛します。しかし同時に、門閥・身分制、封建制を憎むこと甚だしかったんです

➡ 司馬遼太郎「太郎の国の物語」ブロードウェイの行進より

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① 『物質(原子)は誰が作ったのか』

 物質(原子)は百余り有りますが、陽子・中性子・電子の3者での構成しか存在せず、生成過程で発生するはずの「多様性」が無いのは不自然です。

 原子は規則性や法則性に支配されますが、自然や偶然で規則性や法則性まで作れるものでしょうか。

 中性子は中性子線を内包し、特定の物質(原子)は放射線を放射しますが、自然や偶然で放射線を作れますか、膨大なエネルギーを内包できますか。

② 『遺伝子DNAは誰が作ったのか』

 全ての生命に遺伝子DNAが組み込まれていますが、肉眼で見えない微細なものが1mとか2mとかの長さがあり、4種の塩基配列は複雑精巧なもので、自己修復機能まで有します。

 こんなものが自然や偶然に出来るものでしょうか。

③ 宇宙の始まりが無機であったとしても、進化の途上で有機(生命)が生まれ、さらに彼らが多様な進化を遂げたうえに、「未詳の存在」が人間や様々なものを作り出した可能性は否定されるものでしょうか。

④ 『今の世界は虚構であり、私たちは人工的に作られた肉体を使って、人工的に作られた「場」で生活をしているのであり、本当の自分は「遠い未来」(真実の世界)にいます。』という発想は成り立つでしょうか。

 (平行宇宙だとか重畳宇宙だとか「メビウスの輪」だとかの難しい解釈ではなく、もっとシンプルで単純な答えが見つからないものでしょうか)。
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