夢日記:奇妙な本屋

2017年4月1日(の夢)

家の前で、<水の入った大きな風船のように太った男>3人組が嫌がらせをして騒いでいた。憎たらしいので殴りつけるが、水の入った風船のようにブヨブヨで手ごたえがない。腹の皮は薄いゴムのようにブヨブヨだが、何故だか丈夫で破れない。余った皮を多めに掴んで持ち上げると、不思議なことにスーパーで買う袋入りのお米ぐらいの重さしかない。持ち上げて叩きつけていると目が覚めた。

 

まだ夜明け前だったので、もう一度寝る。

 

今度は何か用事があって、とある地方都市にいた。そこは、どこがどうという理由もないのだが、なんとなく私鉄沿線の印象のある地方都市だった。用事の時間まで暇だったので、駅の近くにある<自然公園>に入っていった。そこは伝統的な里山にある低湿地を、そのまま保存したような場所だった。あるいは、わざわざ過去の里山を再現したかのような大規模なビオトープだ。この夢の設定というか前提では、ここには何度か来ていて、気を付けていないと迷子になるってことを思い出した。小さな小川があり、背中の黒い小魚が泳いでいるのが見える。

 

まだ時間があるので、今度は駅前の商店街へ行ってみる。なんだか仕組みのよくわからない複雑なエスカレータ(アクティビティ志向のエスカレーター)で、いろいろ回り道をしていると、知らないおじさんが後ろで訳の分からないことをブツブツ言っている。「このオヤジはさっきの風船男の仲間だな」ということがすぐ分かった。回り道をしながらも、やがて駅前につく。

 

見かけは鉄筋づくりで立派だが、中身はぱっとしない本屋があり、売っている本が全部<古本>だった。古本と言っても神田神保町で売ってるような立派な古本ではなく、どう見ても単なる古い本だった。そしてなぜか、タレントの中川翔子さんがオタクのシンポジウムを開いていた。その本屋には入口の違う店舗もあり、そちらの方は主に雑誌を扱っていた。どちらも、そこそこの広さがあり、建物も立派なのに、昭和時代に仕入れた本が売れずに、そのまま残っていると思われるような貧弱な品揃えで、どう考えても商売として成り立っていると思えない。小さな店舗の方にいると店の奥の暖簾をくぐって、昭和時代の高校生みたいな出で立ちの中川翔子さんが<本屋のエプロン>をつけて出てきて、店の人と話をしている。<ああ、きっと親戚か友達仲間と一緒に、趣味的にやってるお店なんだな>と考えていたら目が覚めた。

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修正したコメント

こんにちは。カテ違いで申し訳ありませんが、7月10日にコメントを差し上げた者ですが、一部を修正したコメントを、もう一度だけ御批評を頂きたいのですが、(④を導く根拠に①②を用い、③は④を補強)、どのように思われますか。

① 『遺伝子DNAは誰が作ったのか』

 地球上の全ての生命に遺伝子DNAが組み込まれていますが、1mとか2mとかの長さがあり、4種の塩基配列は複雑精巧で、自己修復機能まで有します。

 こんなものが自然や偶然に出来るわけが有りません。作ったのは「遠い未来の人間」です。

② 『物質(原子)は誰が作ったのか』

 地球上の物質(原子)は百余り有りますが、陽子・中性子・電子の3者で構成され、それ以外の構成は存在しないし、規則性とか法則性に支配されています。

 中性子は中性子線を内包し、特定の物質(原子)もα線とかβ線などを放射して崩壊し、電子は電荷を内包しています。

 こんな複雑な物が自然や偶然で出来るわけが有りません。原子を作ったのは「遠い未来の人間」です。

 (uクォークとかdクォークとか中性子のβ崩壊で発生する陽子や電子ニュートリノなどの難しい話ではなく、単に『こんなもの(原子)が自然や偶然に出来上がるものか』ということを、お尋ねしております。)

③ 宇宙の始まりが無機であったとしても、進化の途上で有機(生命とか生活機能)が生まれ、さらに彼らが多様な進化を遂げたうえで、人間や様々なものが作り出された可能性は否定されるものでしょうか。

 (胎児の成長過程で一時的に見られる「尾っぽ」とか「指の水かき」は進化の記憶でしょうか。)

④ 『私たちは人工的に作られた肉体を使って、人工的に作られた「場」で生活をしていますが、実は、今の世界は実在しない虚構であり、実在する本当の自分は「DNAや原子を合成する科学を持った遠い未来」(真実の世界)にいます。』という発想は、(無限回の問答は抜きにして)、成り立つでしょうか。

 (平行宇宙だとか重畳宇宙だとか「メビウスの輪」だとかの難しい解釈ではなく、もっとシンプルで単純な答えが見つからないものでしょうか)。

Re: 修正したコメント

> こんにちは。カテ違いで申し訳ありませんが、7月10日にコメントを差し上げた者ですが、一部を修正したコメントを、もう一度だけ御批評を頂きたいのですが、(④を導く根拠に①②を用い、③は④を補強)、どのように思われますか。
>
> ① 『遺伝子DNAは誰が作ったのか』
>
>  地球上の全ての生命に遺伝子DNAが組み込まれていますが、1mとか2mとかの長さがあり、4種の塩基配列は複雑精巧で、自己修復機能まで有します。
>
>  こんなものが自然や偶然に出来るわけが有りません。作ったのは「遠い未来の人間」です。
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> ② 『物質(原子)は誰が作ったのか』
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>  地球上の物質(原子)は百余り有りますが、陽子・中性子・電子の3者で構成され、それ以外の構成は存在しないし、規則性とか法則性に支配されています。
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>  中性子は中性子線を内包し、特定の物質(原子)もα線とかβ線などを放射して崩壊し、電子は電荷を内包しています。
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>  こんな複雑な物が自然や偶然で出来るわけが有りません。原子を作ったのは「遠い未来の人間」です。
>
>  (uクォークとかdクォークとか中性子のβ崩壊で発生する陽子や電子ニュートリノなどの難しい話ではなく、単に『こんなもの(原子)が自然や偶然に出来上がるものか』ということを、お尋ねしております。)
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> ③ 宇宙の始まりが無機であったとしても、進化の途上で有機(生命とか生活機能)が生まれ、さらに彼らが多様な進化を遂げたうえで、人間や様々なものが作り出された可能性は否定されるものでしょうか。
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>  (胎児の成長過程で一時的に見られる「尾っぽ」とか「指の水かき」は進化の記憶でしょうか。)
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> ④ 『私たちは人工的に作られた肉体を使って、人工的に作られた「場」で生活をしていますが、実は、今の世界は実在しない虚構であり、実在する本当の自分は「DNAや原子を合成する科学を持った遠い未来」(真実の世界)にいます。』という発想は、(無限回の問答は抜きにして)、成り立つでしょうか。
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>  (平行宇宙だとか重畳宇宙だとか「メビウスの輪」だとかの難しい解釈ではなく、もっとシンプルで単純な答えが見つからないものでしょうか)。
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コメントへの私見_2017/8/15
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「遺伝子とはこういうもの」についての知識は、これからもどんどん深まってゆくでしょうが、「遺伝子は誰が造ったか」とか「遺伝子がなぜあるのか」というような「遺伝子の意味」あるいは「遺伝子の存在」についての知識はいくら分析しても得られないと思います。それは原子とか宇宙についても同様です。人間は何らかの「理由」とか「意味」を行動の原理としているので、「真理」を追求するのは当然だと思うのですが、それは多分に心理的な問題です。
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アインシュタインは、宗教的な神さまではなく「何か人間を超えた統一的な意識」のようなものがなければ、この宇宙は存在しないだろうという直観から相対性理論を推考したといわれていますが、相対性理論は宇宙のような極大なものに当てはめれば有効なのですが、「量子論」が扱うような極小の世界の説明はできません。そのため、アインシュタインはこの二つを合体した「統一理論」の証明を目指すのですが、結局できませんでした。つまり、どんな賢い人でも、自分の思考やイメージ以上のことは考えられないのです。
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「誰かが造った」と仮定すれば、やはり「その誰かを造ったのは誰か?」という不可知からは逃れられないと思います。「誰かが造った」と仮定してしまえば、「その誰かを造った誰か」が存在することになるので、絶対に証明できないのです。
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なのでこれから先、実験装置の進歩によって、いろいろな「目に見えない」現象が可視化されたり、より高性能なコンピューターによる思考実験などで、新たな事実が明らかになるなら、もっと自由に考えた方が面白いし、ためになると思います。現代の科学は、実用的な科学を超えた「神秘の解明のための科学」の黎明期にあるのだと思います。真理の探究は、まだ’始まったばかりです。
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