I ain’t got you:The Yardbirds

 

内装が蛇皮のマセラティを手に入れた

ゴールドブラットの店で分割払いだ

でも君は振り向いてくれない

 

クローゼットを服でいっぱいにした

君の気を引くためなら 後先考えない

でも君は振り向いてくれない

 

俺はバーを貸し切りにした

演奏のナンバーは4:44

あの娘が知らない魔法の曲なのさ

用もないのにスーツでキメた

 

俺の右側にいる女の子

俺の左側にいる女の子

俺を取り巻いている女の子

でも君は振り向いてくれない

そうさ振り向いてくれない

 

俺はバーを貸し切りにした

演奏のナンバーは4:44

あの娘が知らない魔法の曲なのさ

用もないのにスーツでキメた

 

俺の右側にいる女の子

俺の左側にいる女の子

俺を取り巻いている女の子

でも君は振り向いてくれない

そうさ振り向いちゃくれない

 

そうさ振り向いちゃくれない

He was a friend of mine:Dave Van Ronk

 

奴は親友だった

大切な友達だった

彼は一文無しで

葬式代も残せなかった

彼は私の友達でした

 

奴は旅の途中でいなくなった

奴は人生半ばで死んでしまった

彼は一文無しでした

部屋代も食事代もなかったんです

彼は親友でした

 

彼をあまりけなさないでください

彼を馬鹿にしないでください

彼は本当に貧しかっただけなんです

故郷から遠く離れて

彼は私の友達でした

 

私は一人ぼっちです

私は盗みをしては後悔します

私も一文無しです

いつも腹を空かせています

彼は私の友達でした

 

奴は親友だった

大切な友達だった

奴の名前を思い出すたびに

涙が止まらないんです

どうしてかって友達だから

500 Miles:Inside Llewyn Davisより

 

もし君がこの汽車に乗らないなら

二人はもう会えないだろう 君は

100マイル先で汽笛が鳴るのを聴くでしょう

A hundred miles, a hundred miles
A hundred miles, a hundred miles

100マイル先で汽笛が鳴るのを聴くでしょう

 

1マイル 2マイル

3マイル 4マイル

神さま 僕は故郷から

遥か500マイル離されています

Away from home, away from home
Away from home, away from home

神さま 僕は故郷から

遥か500マイル離されています

 

着替えも持たず無一文

僕はもう故郷に戻れない

This ole way, this ole way
This ole way, this ole way

神さま 僕はもう故郷に戻れない

 

もし君がこの汽車に乗らないなら

二人はもう会えないだろう 君は

100マイル先で汽笛が鳴るのを聴くでしょう

A hundred miles, a hundred miles
A hundred miles, a hundred miles
You can hear the whistle blow a hundred miles
You can hear the whistle blow a hundred miles
You can hear the whistle blow a hundred miles

無垢である勇気

あまり利口でない人たちは、一般に自分の及び得ない事柄についてはなんでもけなす。⇨ ラ・ロシュフーコー

 

映画「クロコダイル・ダンディー」(1986年)よりエンディング

 

人は皆、何かを恐れています。とくに若いときは誰しも、まちがえたり失敗したくはないものです。そこで、もし自分が規範とし、その指示に従えるような人物がいるなら、どうすればよいかと耳を傾けるだろうし、それによって(自分で判断しなくても)目標や目的に至るはずだと考えるのです。

私たちはたいてい敬われたいのです。だからこそ正しいことをしたいし、正しい行為を模範としたいのです。でも、そのことを深く突き詰めるなら、それが恐怖の兆候にほかならないことがわかるでしょう。失敗してみたらどうですか。発見してみたらどうでしょう。ところが恐れている人はいつも、

正しいことをしなくては。人から立派に見られなくては。あいつは何者だとか、とるにたりないやつだなんて世間からばかにされてはならないなどと考えるのです。そういう人は実際、根底から怯えきっているのです。⇨ クリシュナムルティ―

 

喜びを経験するためには、勢いに身をまかせて感情を表現することに対する不安から自由でなければならない。あるいは、言い換えるならば、子どものように楽天的で無邪気でなければならない。ナルシシストは楽天的でもなければ無邪気でもない。彼らは、パワーゲームを演じること、人を誘惑すること、人を操縦することを覚えてしまっている。彼らはつねに、

人が自分をどう見ているか、人が自分にどう反応するかを考えている。また彼らは、コントロールの喪失は狂気の不安を呼び起こすという理由で、自分がコントロール出来る枠内にとどまらなければならない

不幸なことに、われわれはあまりに早く無邪気さを失ってしまうし、きわめて不幸なことには、それを失ったことを自慢に思ったりする

われわれは無邪気でありたいとは思わない。なぜかというと、もしそうだとすれば、嘲られたり傷つけられたりするままになっていなければならないからである

だからわれわれは(嘲られたり傷つけられても、平然としていられる独立性を獲得するよりも)⇒  世間慣れした人間になりたいと願う。(あるいは権力を得たいと考える)。そうなれば、優越感を感じることが出来るからである。⇨ アレクサンダー・ローウェン

善きサマリア人

無力な者や貧しい者やよそ者に対する愛こそが、兄弟愛の始まりである。身内を愛することは別に偉いことではない。動物だって子供を愛し、世話をする。自分の役に立たない者を愛するときに、はじめて愛は開花する。聖書において、人間がおもに愛するのは貧乏人、よそ者、寡婦、孤児、そして国の敵であるエジプト人やソドム人である

➡ エーリッヒ・フロム

 

映画「七人の侍」予告編

 

大変な話題でした、アメリカでは。

はじめて日本人(日米修好通商条約使節団)見るんですから。

未知の世界から来た人、違う文明をもった人。それを見るために新聞

も雑誌も大騒ぎでした。ワシントン市内郊外含めて、4分の3くらいが

留守だったそうですよ。それぐらいの人が沿道に出てきたわけです。

 

そのニューヨークの広小路、ブロードウェイで彼らが行進するのを盛

り上がって見ていたんですけど、ホイットマンも見ていたんですね。

彼は非常に感動して「ブロードウェイの行進」という、いい詩を書い

てますよ。

 

西の海を越えて 今ニッポンからやってきた

礼儀正しく 日に焼けた頬の 二本の刀を携えた使節たちが

覆いのない馬車に ゆったりと身を委ね

帽子は被らず 平然と何物にも動じる気配なく

今日 マンハッタンの町を 馬車に任せて進む

私たちの処へ 私の町へ 美しくそそり立つ

大理石と鉄の建物が向かい合う その間の空間を人々が歩く町に

今日私たちの真裏から 対極の人々が訪れた

 

いくつかの印象的な言葉を拾ってみますと

「感慨深げな黙想」「情熱を秘めている」大変な褒め方ですね。

「真摯な魂が目を輝かせている」とかですね、

「香りの高いゆったりとした流れるような衣服を着ている」とか、

 

ホイットマンは感動的に書いてくれているんですが、この感動的な光景というのは、もう帰らぬ一枚の絵であって、我々の民族も、もうそれを失うわけで。

 

当時、気品があって礼儀正しくて、挙措動作(きょそどうさ)が実にちゃんとしているのは、京都の公家社会から生まれたものではなくて江戸の山の手から生まれたと私は思ってるんですけど。高級な旗本、中級以上の旗本社会というのは実に立派なものでした。

 

ただ実質は別ですよ。頭の中身は大したことない人物でした。村垣という副使もですね、陳腐な陳腐な文章が書けるだけの人です。ただ、小栗だけは違ってました。当時、井伊直弼が大老で小栗はそ実質的な代理として存在してました。

 

正使でも村垣でも、別に能力を期待されたわけではなくて、江戸幕府というものは本人の能力にほとんど期待しないという。これが太平の世というものなんですが・・・。

 

勝海舟がアメリカから帰って、江戸城に呼ばれて、ずらっと老中が並んで海舟に、「かの国と我が国の違いは何か?」尋ねると海舟は、

(=゚ω゚)ノ  「アメリカという国は、重い位にいる人はみな、それ相応に賢いです。日本とは全然違います」と。

 

要するに<お前らはみな、ボンクラだ>というわけで、万座興ざめたそうですけど。海舟はこういうことを言って職から遠ざけられるのですけれども。

 

攘夷志士として海舟を殺そうとして、海舟に会った途端に転向して門人になってしまった坂本龍馬が海舟に、

(゚Д゚)ノ 「ワシントン初代大統領の、ご子孫はどうなさっておいでですか?」と聞くと海舟は、

 

( `ー´)ノ 「何処でどうしているか、そんなことは知らない。そんなことは、どうでもいいことなんだ」。

(゚Д゚)ノ 「では、大統領という人は平素どのようなことを考えているのでしょうか?」

 

( `ー´)ノ 「皆の給料が上手く払われているか、下働きの女性の給料がきちんと支払われているかというようなことを考えている」。

(゚Д゚)ノ 「・・・・・」。

 

というようなことを、まあ、龍馬もまだ若かったんで、話したらしいんです。坂本龍馬はこのときに革命家になったといってもいいでしょうね。

 

海舟という人はですね、幕府を愛していました。自分の「お里」ですから当然愛します。しかし同時に、門閥・身分制、封建制を憎むこと甚だしかったんです

➡ 司馬遼太郎「太郎の国の物語」ブロードウェイの行進より

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