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安定して幸福な子供時代

これらすべての経験は統合され、私は愛されているという経験へと結晶する。私は母親の子供だから愛される。私は可愛い良い子だから愛される。母親が私を必要としているから、私は愛される。これをより一般的な言い方でいえば、私は今のような私だから愛されるということになろう。もっと正確には、私が私だから愛されるということになろうか。母親に愛されるというこの経験は受動的である。愛されるためにしなければならないことは何もない

母親の愛は無条件なのだ。しなければならないことといったら、生きていること、そして母親の子供であることだけだ。母親の愛は至福であり、平安であり、わざわざ獲得する必要はなく、それを受け取るための資格もない

しかし、母親の愛が無条件であることには否定的な側面もある。愛されるのに資格が要らない反面、それを獲得しよう、作り出そう、コントロールしようと思ってもできるものではない。母親の愛があるのは神の恵みのようなものであって、もし母親の愛がなく、人生が真っ暗になってしまったとしても、どんなことをしても創り出すことはできない。⇨ エーリッヒ・フロム「愛するということ」紀伊國屋書店 より

『ロード・オブ・ザ・リング』(原題:The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring)2001年、アメリカ・ニュージーランド合作。監督・製作 : ピーター・ジャクソン■キャスト /フロド : イライジャ・ウッド、アルウェン : リヴ・タイラー


ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社 より

幼児期の原点

子どものとき、タイプ9は、両親もしくはそれに代わる人物を肯定的に同一視した。両親と同一視することによって、彼らの感情面の要求は完全に満たされていたため、両親と自分を区別しようとする衝動はごくわずかであった。


タイプ9は、少なくとも、その性格の様式が形成される初期年代の間は、安定して幸福な子供時代を典型的に送った。彼らの子供時代は、愛着を持ってふり返る詩的で美しい時代、再び取り戻したい時代であった。貧乏や病気や他の災難によって、それまでののんびりした生活がめちゃめちゃになってしまった一時期が、子供時代の終わりにあったかもしれない。しかしそのときまでに、彼らの最も重要な性格構造はすでにしっかり固まっていた。


タイプ9は両親と肯定的に同一視したため、他の人たちと深い同一感をもつことによって、自分の自己感覚(アイデンティティ)を維持することを学んだ。その後の人生では、彼らは、最初に両親との結びつきに非常な満足を味わったのと同じように、他の人たちと結びつき、それに、自分の結びつきの一形式である平和との結びつきを求める。


タイプ9は、自分が同一感を持った相手との分離を最も恐れる。こういう理由で、通常から不健全までのタイプ9は、たとえそれが他人に従属しすぎることを意味するとしても、可能な限りあらゆることをして、自分自身や他の人たちとの間の感情的な絆維持強化する。

『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』(原題:The Return of the King)2003年、アメリカ・ニュージーランド合作。監督・製作 : ピーター・ジャクソン■キャスト /メリー:ドミニク・モナハン、エオウィン:ミランダ・オットー、エオメル:カール・アーバン、ギャムリング:ブルース・ホプキンス、セオデン:バーナード・ヒル

ホビット荘の住人

『ロード・オブ・ザ・リング』(原題:The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring)は、2001年の映画。アメリカ・ニュージーランド合作で、J・R・R・トールキン作の『指輪物語』を原作とする実写による作品である。『ロード・オブ・ザ・リングシリーズ』三部作の第1作目。 ⇨ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア』


ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社 より

意識性と個人性に起因する諸問題

彼らがそれを認めたいか認めたくないかは別にして、タイプ9も単一の個人である。彼らは、その夢のような反意識性の中で生きるうちに、他の人たちとの結びつきを得るよりはむしろ、必然的にそれを失うであろう。その半意識性下において彼らの人間関係は、ほとんど理想化された幻想にすぎない


その認識は、病的な場合には非常に進行するので、現実の客体と主観的認識の区別ができない。そうした行動は、客観的現実とは無関係な幻想に基づく特徴を持ち、きわめて混乱させられるものである。これはこのタイプの現実を遠ざける主観性を明らかにする。

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しかし、その客体のもつ影響力が完全に現われなければ、それは善意の中立状態と出会い、共感はほとんど示さないが、絶えず落ち着きをもたらし順応する。低すぎるものは少し高くされ、高すぎるものは低くされる(平準化、絶対的平等)熱狂には水がかけられ、過度は抑制される。そして普通の状態から外れたものは、すべて正しい基準に戻される。


―これらはすべて、客体が持つ影響力を必要な限度内にとどめるためである。こうしてこのタイプは、自分の環境に対する一つの脅威となる。というのは、その全体的無害性は全く疑いがない、というのではないからである


彼はすぐに他人の攻撃と尊大さの犠牲になる。こうした人は最初は自分自身を侮蔑されるに任せるが、最も不適当な機会に、相手よりも二倍も愚鈍に、そして頑固になって報復する。(C・G・ユング「心理学的類型」内向的感覚型)

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<連続体>の下端では、タイプ9はほかの誰とも同じように、彼らに独自の利己心があるので「その環境に対する一つの脅威」である。もっとも、他のタイプに比べて、他者に順応していることがあまりにもはっきりしているので、タイプ9の利己心は見つけにくい


彼らの利己心がとる独自の形は、多くの価値を進んで犠牲にしようとするその心持ちーある意味では、現実すべてを進んで犠牲にしようとする心持ちである。そうすることによって、彼らはその心の平安を維持することができる。


不安になること、あるいは、なんらかの形で感情的な刺激を受けることは、通常から不健全までのタイプ9にとって、きわめて脅威的なことである。なぜなら、彼らはその感情を意識することに慣れていないからである


実際、いかなる種類の感情的反応も、その反応が不安、攻撃、または、なにか他の原因によるにしろ、彼らの抑圧の完全さを引き裂く。その結果、彼らが利己的にではあるが無意識に支払う代価が、すべての人、すべての物に、ますます目を向けないということであっても、通常のタイプ9はいかなる代価を払っても、平和を探し求める。


彼らは「実情に目をつぶる」ことによって、必死になって平和に固執するため、結局、何事にも対処できなくなる。彼らは問題をやり過ごそうと急ぐあまり、何事にもまともに直面せず、問題は決して解決されない。彼らは人生をまるで夢遊病で歩むみたいに、部位感覚を失う。お粗末な判断をして、ときには悲劇的な結果を生じることもある。さらに、彼らの注意の欠如と現実遊離がもたらす結果を、少なくとも他人は永久には見過ごしてくれない。不健全なタイプ9は、どんな代償を払って避けようとしても、自分のしたことに真正面から取り組まなければならないこともある。彼らはいかに自分が怠慢であったかを直視するよりは、現実から完全に背を向けたい

ガラドリエルの試練

『ロード・オブ・ザ・リング』(原題:The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring)は、2001年の映画。アメリカ・ニュージーランド合作で、J・R・R・トールキン作の『指輪物語』を原作とする実写による作品である。『ロード・オブ・ザ・リングシリーズ』三部作の第1作目。 ⇨ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア』



ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社 より

健全なタイプ4(内向的直観型)は、すべてのタイプの中で、最も個人的な人たちである。彼らは、その感情と衝動がどんなに不穏当で不快であろうと、それに関して自分を欺くことはしないし、欠点や不合理性を進んで他人の前に表す。


彼らが人間的であるのは、その感情が純粋で深いこと、そして、もしそれがなすべき正しいことならば、たとえ痛みを伴うことがあろうとも、自分自身の気持ちに触れてほしいと進んで思うことにある


健全なタイプ4は、自己実現よりも伝統やしきたりを重んずる人たちに非難される危険を冒してでも、個人として自分に忠実であることを気にかける。私たちが健全なタイプ4の中に目にする感情の正直さは、自分自身にあまり素直であってほしくない人々に敵意、あるいは少なくとも困惑を抱かせる。


しかし、健全なタイプ4が社会にもたらすものは、模範となる人間性、誰もが個々の人間であるがゆえに価値があるというメッセージである。


彼らは人々の個性を尊重し、その感情に敏感で、プライバシーを必要としていることに理解がある。タイプ4は他人をコントロールすることなく、人々が独自の道を見つけることを喜んで許す。これは、彼らが良き両親、友人、聞き手、セラピストとなる理由の一つである。


健全なタイプ4は、個人としての自分を意識しているため、自分の独特の違いだけでなく、あらゆるものの違いに対して鋭い感覚をもつ


彼らは孤独ではないが、人生においては、自分が独自の意識を持つ、たった一人の存在であることを理解している。この観点から言えば、健全なタイプ4は、単に個人主義者ではなく、個人としての存在を意識している実存主義者である。


こうしたことすべてには、ある程度の厳粛さが存在するが、健全なタイプ4は、あらゆることを厳粛にとらえるわけではない。彼らは優れたユーモアの感覚を持つ。というのも、人生のより大きな問題に照らしてみれば、人間行動の多くに痛烈な不条理のあることを、彼らは知っているからである。


彼らは、人間、特に自分自身の中に、悪魔と天使、卑しさと気高さを同時に見ることができる。こうした対立物を皮肉交じりに並べれば、それはおかしなものであるが、それと同じくらい心を打つ。人間の条件が持つ不調和は、健全なタイプ4に面白がって首を横に振らせる。そして、彼らが、人間の条件の不調和を、自分自身の中以上に気づいているところは、ほかにない

「おとぎ話」を重視する世界

デモクラシー・ナウ!2019/9/24(火)「よくもそんなことを!」 生態系が崩壊する中で経済の「おとぎ話」を重視する世界をグレタ・トゥーンベリが非難 より

世界中の多くの首脳が9月23日、国連気候行動サミットのためにニューヨークに集まりました。しかし、世界で最も多く二酸化炭素ガスを排出する国々は気候危機に取り組む新たな対策をほとんど発表しませんでした。トランプ大統領とマイク・ペンス副大統領はこのサミットに一時的に出席しましたが、わずか14分で会場を去りました。


16歳のスウェーデンの気候活動家グレタ・トゥーンベリはサミット開始時、各国首脳に対し、気候危機に対して彼らが何もしないことを明確に指摘する熱のこもった演説を行いました。「人々は苦しんでいます。人々は死んでいます。生態系全体が崩壊しています」と、グレタは述べました。「私たちの種としての絶滅が始まろうとしているのに、あなたたちが話すことといえばお金のことと終わることのない経済成長というおとぎ話だけ。よくもそんなことができますね!」



ジェレミー・リフキン「エントロピーの法則」祥伝社 より

以前から言われていることだが、もし地球上にもう一つのアメリカという国が存在していたら、この世界は到底持ちこたえられないだろう。アメリカ人と同じように世界全体が生産と消費に努めるとしたら、その姿を想像するだけで怖気が立つ


中産階級のアメリカ人一人のライフスタイルは、奴隷二百人が生産する仕事量に匹敵するという。バックミンスター・フラー(建築家)はアメリカ人を評して、再生不可能な資源を食いつぶし「エネルギーの奴隷」二百人を所有する人種と呼んでいる


ここで見方を変えて、生命を維持するのに必要なカロリー数に目を向けてみよう。平均的な人間が一日に必要なのは二千カロリーである。ところが、自動車、電気、食品などにおいて、我々一人一人が一日に消費するエネルギー・カロリーは約20万カロリー、つまり、我々が絶対的に必要とするカロリー数の100倍以上である。アメリカの人口は3億2700万人(2018年)だが、エネルギー消費という点からみると、なんと327憶人分に相当する


古典経済学理論では、将来の人類が必要とするエネルギー量を満たす方法は見つからない。市場は将来の世代については考えていない。


経済的・社会的活動においても、物質的進歩という幻想の例が繰り返し見られる。というのも熱力学の第二法則をどこかに捨て去っているからだ。たとえば、農業、輸送、都市化、軍備、教育、そして健康といった問題を採りあげてみても、この間の事情は明白だ。


この六つの分野すべてにおいて、我々は大きな進歩を遂げたと思い込み、また、時につまずいたり退歩することはあるにしろ、進歩とは「永遠のもの」であると信じて疑わない。ところが、綿密に検討してみると、それが単なるたわごとであると、すぐにわかる。


■【熱力学の法則】熱力学の基礎をなす三法則。(1)第一法則。物体に外部から加わった仕事と熱量との和は、内部エネルギーの増加に等しいという法則。熱と仕事は等価で、熱を含めてエネルギーは保存される。(2)第二法則。熱は高温から低温に移動し、その逆は起こらないという法則。あるいは、孤立系のエントロピーは不可逆変化によって増大するという法則(エントロピー増大の法則)。(3)第三法則。絶対零度ではどんな物質のエントロピーも零になるという法則。(デジタル大辞泉)

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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

Author:佐藤蓼丸
オリジナルのブログを目指して鋭意更新中