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東西、自己超越の問題点

22-10-02-140

            ⇨ ユング「無意識の役割」(1918年)

 

■菅靖彦「心はどこに向かうのか」NHK BOOKSより

日本においてトランスパーソナル的な考えに基づく、種々の実践を適用する場合、日本社会の特殊性というものを考慮する必要がある。日本の近代化は既に指摘されているように、歴史的必然が産んだものではなく、いわば仮面のように上から押しつけられたものである。

 

そのため、日本社会は表面的には近代化したものの、内部には依然として、前近代的な集団的思考を温存させる二重構造を呈している。こうした二重構造が、逆に会社に献身する会社人間を生み出し、日本の経済成長を支えてきた、という指摘もなされている。

 

しかし、国際化が進み、人も物も情報もお金も、自由に国境を越えて行き来する今、もはやそうした二重構造は通用しなくなった。日本は今、精神的な意味での開国を迫られているのだ。

 

トランスパーソナルは「自立」と「つながり」のバランスをとろうとする動きである。だから個人主義が行きすぎたアメリカでは「霊性」の開発が重視され、「つながり」や「一体性」が強調される。しかし、古い「つながり」への執着を未だ断ち切れずにいる社会で、自己超越を展開する場合には、「自立」や「批判精神」を重視する姿勢をもたなければならない

 

霊的体験神秘主義は「批判精神」の対極にあると見なされているが、決してそうではない。確かにそのような体験は、一時的に「批判精神」を手放すことを要求する場合もあるが、それは、曇りのない「批判精神」を培うことに貢献するものであり、決して対立するものではないのだ。

 

現在の「霊的なもの」に対する関心は、規範なき社会で個人の境界があいまいになることに起因するものであり、退行と成長、両方のベクトルを持っている。もう一方では、「霊的なもの」が情報として安易に消費される傾向もあり、自閉的な人たちの幼児的幻想を掻き立てる格好の素材ともなっている。

 

集団に順応しやすく、自閉的な日本人は、瞑想的なものは受け入れやすいが、怒りを表現したり、はっきりと意志を表明することが苦手である。というより、深層に集団主義を温存している社会そのものが、そうした自己表現の道を閉ざしていると言った方がいいかもしれない。

 

したがって、日本におけるトランスパーソナルの役割は、自己表現を妨げている数々の障害を明確にし、自己表現を広げられるような場所を提供することにある。したがってこれは、単にセラピーの問題ではなく、教育の問題とも深く関ってくるだろう

人類のシャーマン化ヴィジョン

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⇨ ジョン・A・サンフォード「見えざる異性」創元社より

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■菅靖彦「変性意識の舞台」青土社 より

現代の社会は、合理性重視父権性社会の延長線上にあり、理性の貫徹による自由と平等の実現をその理想としてきたが、理想を実現するはずだった個人は、超越的な基盤との繋がりを絶たれ、存在の根拠を失い、不安定な状態にある。

 

合理的な生き方そのものが、感情を過度に抑制するライフスタイルを強制するために、否定的な激情を内部に溜めこんで、カリスマへの依存や集団ヒステリーを生み出す要因になっている。しかし、こうした矛盾にこそ、これからの人類が進むべき道が、隠されている。

 

なぜなら、現代の歴史そのものが、合理主義偏重による矛盾を露呈し、修正を迫られる中で、合理主義の乗り越えを試みようとしているからだ。とはいえ、近代が理想に掲げてきた、自由と平等の理念を、私たちが放棄することはできない。となれば、自由や平等性を保ったままでの超越がクローズ・アップされてくる。そのとき、有効に機能すると思われるのが【人類のシャーマン化】という意識進化のモデルなのだ。

 

それは一言でいえば、ある一部の人間が権力をもって、他を先導するというヒエラルキー構造の終焉を意味している。だからといって、知性や理性だけでは、真の自由や平等が実現されないということは、これまでの歴史が示している。

 

だとすれば、一人ひとりの人間が、知性とイマジネーション、光と闇、男性性と女性性、生と死の統合を象徴するシャーマンの意識を実現してゆくことによって、個人の自立を達成してゆく以外に方法はないのではないか

 

ニュースの選び方:デーモン・ブラウン

映画.com https://eiga.com/extra/sasaki/46/
コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第46回より

1953年から71年まで発行したこの個人新聞(週刊 I.F.ストーン)は多くの読者、支持者を集め、【20世紀の米国の最も優れたジャーナリズム100】のベスト16にも選ばれている。左派であるストーンは、保守系から何度も批判され、非難攻撃された。こうした批判に向き合うために彼が考えたのは、検証可能性を大切にするということだった。公開されている資料や発言に基づく分析であれば、読者だろうが相手陣営だろうが、誰でもストーンの記事を検証でき、事実に基づいて議論することができるからだ。

 

 

TED-Ed/ニュースの選び方:デーモン・ブラウンより

クリック一つで得られる情報は無限にある。しかし、情報を理解するエネルギーと時間は有限なので、情報の読み解き方を知らない限り、無限にある情報も役に立たない

 

ほんの十数年前までは、情報の選択肢が限られていて、多くの人が、数冊の大衆雑誌と権威ある新聞、テレビ放送網とラジオなど、マスメディアの情報を無批判に受け入れていた。

 

しかし、マスメディアが普及するにつれて、このシステムの問題が露呈し始める。権威主義国家が、情報を統制し検閲する一方、民主主義国家もマスコミと結託して、大衆を誤った方向へ導くようになったのだ。

 

密かに行われる、戦争や暗殺、政治的腐敗の暴露により、マスコミにより提供される「公式ニユース」に対する国民の信頼を失うことになり、このマスコミに対する不信感を背景に、替りとなる新聞やラジオケーブルニュースが誕生し、主流のマスコミと競合し、出来事を多様な視点でとらえるようになる・・・・・(続きは動画で)

 

【字幕が出てないときは、youtubeの設定ボタンから日本語の字幕を選ぶことができます】【字が小さいときは➡youtube.comで視聴する】


今日私たちは、情報の流れを制御する旧来型のメディアの統制を、かつてほどは受けておらず、自由を手にしています。しかし、自由は責任と共にあるものです。自分自身の経験に照らし合わせ、この情報の流れが洪水にならぬようにする責任です。そうすることで足を踏み入れずに、情報とは距離を置くことができます。⇨ デーモン・ブラウン

自分に無知な理由

■ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」鈴木秀子監修、春秋社、

監修者のことば より

 

本書「性格のタイプ」が出版された時、ちょうど私はアメリカに滞在していました。そして、多くの人たちの本書に対する反応に驚いたものです。一人の人は「私に経済力があるなら、この本を全部買い占めて、燃やしてしまう」と言い、もう一人の人は「何ページか読んだけれど、すぐごみ箱に捨ててしまった」と私に話しました。

 

どちらも知的な教養のあるバランスのとれた人たちでした。このような健全な常識を持つ人たちが、本書に対して、こんなにも過剰な反応を示したことに、私は興味を持ったのでした

 

人が誰でも本能的に望むことは、安定していること、完全な自由、つまり自分が思うままに世の中を動かせること不死、そして、自分が他人からも自分からも愛されることです。

 

しかし現実は、安定どころか、常に揺れ動き、不自由で、死は確実であり、そのうえ、自分が他者からも、自分自身からも拒絶されている状態です

 

私たち一人ひとり限界を持つ存在です。そのうえ「」というものが根底にあって、望むこととは正反対のことをしてしまいます。私たちは悪から切り離されない存在です。この悪しき傾きは、他人を批判した挙句に自分を責めます。そして苦しい人生を自分で選びとってしまいます

 

私たちが先ずすることは、自分の持つ限界を受け入れることです。私たちの人間としての成長と幸福は、ひとえに「あるがままの自分を知り、受け入れること」から始まります。いかに私たちは、自分自身を知らないことでしょうか。いかに私たちは、自分を脅かす自分の中のものに目を閉じているでしょうか。

 

■鈴木秀子「9つの性格」PHP <9つの異なる個性が組織を活性化させる><おわりに> より

 

組織や人間関係を好ましい状態にするために、エニアグラムを活用しようとすれば、まずそれぞれのタイプのもつ個性を尊重する必要がある。この個性が尊重できなければ、人間関係は、非常にぎくしゃくしたものになり、相互に苛立ちをもたらす。社内いじめや組織の不活性、高ストレスなどは、ある意味で、異質性を許容できない「囚われ」の生む弊害と言える

 

人間は自分の嫌なところを見たくない。しかしそれを直視しないで、奥へ押し込めることで、欠点は自己嫌悪や劣等感を生み出す。エニアグラムは、あなたの本当の姿を示し、悪い部分をも苦痛なく受け入れる道筋を示している。

 

自分の嫌なところ、ダメなところを取り除くことが人間の成長ではない。そうした行為は、自分に都合の良いものを良しとし、都合の悪いものを悪いとする身勝手な価値判断からのものであることが多い。あなたが欠点とか、嫌いな点と信じていることも、これまであなたを衝き動かし、守るためのエネルギーをくれたはずだ。ただ、それが行きすぎてしまうと、自分の能力を抑え込み、人間関係も悪化させてしまう。

 

世界が変わらない理由

どうかよく聞いてください。私はお説教が終わるなり堕落した生活に戻るタイプの教授や学者などではありません。これは本当にとても重要な事柄で、私たちの生涯を通じて影響を及ぼすのです。私たちには人間関係や不確実性や、過去・未来、未知への不安もあれば、死や孤独の恐怖や苦しみなどもあります。人と関わり、沢山の友人を持ち、結婚して子供もいるかもしれない。でも、この深い孤立感、孤独感はなくなりません。これがさまざまな恐怖の要因の一つなのです

⇨ クリシュナムルティ

 

 

■有為エンジェル=訳・J・クリシュナムルティ「恐怖なしに生きる」平河出版社、訳者あとがき より

 

だが、周囲や世界の欺瞞や堕落には批判的でありながら、自分の真の姿は見たくないという、誰にもありがちな一面を、彼もまた抱えるゆえ、私が一時本能的に避けたように、彼もまたクリシュナムルティを嫌っており、これまでその書物には目を通したこともない。しかしかつて相当の読書家、とくに精神世界のものは、ことごとく読み漁っていた彼にとして、これはかなり異例のことなのだ。

 

そこで私は、一冊くらいは読んでみたらどうだろうかと勧めてみた。すると彼は、失望したくないなどと返してくる。噂ではクリシュナムルティは人々にかなり無責任であったと聞いていると、前夫はつづけた。それに対して私は、なぜ彼が責任を持たなければならないのだと返す。「当然だろう、誰だって指導者としての立場にあるなら、教えを与えた人間に対して責任をもつべきだ」と、前夫は答える。

 

そういえばかねてから前夫は精神的指導者を追い求め、しばらくしては失望するということを繰り返してきた。それはまた私自身にも当てはまることだった。だが、それこそまさしくクリシュナムルティの否定することなのである。クリシュナムルティは言う。自分はプロパガンダをしているのではないのだと。

 

私たちが加入したり、信仰したりするものは何もない。大事なことは、私たち自身が観察し学ぶことなのだ。また精神上の師匠やグルを求める衝動は恐怖に根差しているのだ、とも言い切っている。

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