新しい人間

 

新しい社会の機能は、新しい<人間>の出現を促進することである

エーリッヒ・フロム「生きるということ」紀伊國屋書店より

(1)過不足なく在ること(個性を能動的に発揮して至福を追求する生き方)を志向し、持つ形態(財産や知識、社会的地位や権力の所有)を進んで放棄する意思を持つ。

 

(2)安心感、自己同一性の感覚、自信は自分の在る姿であり、結びつき、関心、愛、世界との連帯への欲求であり、世界を持ち、所有、支配し、なおかつ所有物の奴隷になろうとする欲求ではない。

 

(3)自分以外のいかなる人間も物も、人生に意味を与えることはない。このように独立し、物に執着しないことが、思いやりと分かち合いに専心する最も十全な(過不足のない)能動性の条件となる。

 

(4)自分が今あるところに、過不足なく存在できること。

 

(5)貯蓄し搾取する喜びではなく、与え分かち合うことから来る喜びの尊重。

 

(6)生命そのものへの愛と尊敬、物質や力ではなく、生命とその成長に関するすべてが神聖であるという認識を持つこと。

 

(7)貪欲憎しみ幻想を、出来る限り減らす努力をする。

 

(8)偶像を崇拝することなく、偶像や幻想を必要としない状態を志向する。

 

(9)愛の能力と、批判的だが感傷的でない判断力を、同時に発達させる。

 

(10)ナルシシズムを捨て、人間に特有な限界を受け入れる

 

(11)自己及び同胞の十全の成長を、至高の目的とする。

 

(12)この目的の達成には、修養と現実の尊重が必要だということを自覚できること。

⇨ 次の記事へ続く

新しい人間 -2

 

吾、唯、足るを、知る⇨ 私は過不足のない実存である。自分の能動性と限界を知っているので、自我に煩わされることはない。(禅語)

 

エーリッヒ・フロム「生きるということ」紀伊國屋書店より

(13)いかなる成長も現実の構造で起こらなければ、健全でないと知っていること。さらに、生の属性(バイオフィラス)としての成長と、死せるものの属性(ネクロフィラス)の秩序との区別が出来ること。

 

(14)耐え難い環境からの逃避のための想像力ではなく、現実的可能性の予測と耐え難い環境を除く手段としての想像力を持つ。

 

(15)他人を欺かず、他人からも欺かれないこと。無邪気ではあるが、単純ではないこと。

 

(16)自分の知る自己だけでなく、自分の知らない自己をも知る努力をすること。

 

(17)人間は全ての生命と一体であり、その前提から、自然を征服し、搾取し、破壊するという目標を捨てる。自然を理解し、自然と調和することに努める。

 

(18)気ままではなく、自己実現としての自由。貪欲としてではなく、いつ何時でも成長と衰退、生と死の選択を迫られる、微妙な選択の上に保たれる構造としての自由を尊重する。

 

(19)悪と破壊は、成長の失敗の必然的結果であることを知ること。

 

(20)これら全ての資質の完成に至った人は、少数に過ぎないということを知っているが、目的に到達しようとする野心は持たない。そのような目的達成の野心であっても、野心は持つ形態であり、貪欲であることを知っているからである。

 

(21)どこまで到達できるかは考えず、成長する過程に幸福を見出す  こと。出来る限りのことをして、充実して生きることは、自分に何が出来て何が出来ないか、という疑念を与えないほどの満足感をもたらすからである。

 

福利と救済に関する多くの書物が出版され、中には有用なものもあるが、他の多くは、不安から逃れたい人々の望みに迎合する新しい市場を開拓するものであって、その欺瞞性によって有害なものになっている。⇨ エーリッヒ・フロム

限界を認める能力

人それぞれ嫌いな言葉がある。

ダン中尉は「障害者」という言葉。

ぼくは「馬鹿」という言葉だ

 

ぼくらみんなに運命があるのか、

それとも風に乗って、たださまよってっているのか。

たぶん両方だろう、両方が同時に起こってるんだ

 

 

「ぼくは、偉大であり、デーモニッシュでもある美という小道であえて冒険を試みながら<人類>を軽蔑している人に敬意を表します。

 

しかし、彼らを羨ましいとは思いません。というのも、もし何かに文学的な人間を詩人にする力があるとすれば、その何かは、

 

人間らしいものに対する、生きている平凡なものに対する、ぼくの故郷が育んでくれた愛にほかならないからです。あらゆる温かさは、そしてあらゆる親切心も、あらゆるユーモアも、この愛から出てくるのです。

 

実際ぼくにとってこの愛は、『たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、私たちには騒がしいドラ、やかましいシンバル』と記されている、その愛そのものなのです」。

⇨ トーマス・マン「トニオ・クレーゲル」

 

(ジョーゼフ・キャンベル+ビル・モイヤーズ「神話の力」より)

➽ トーマス・マンは、「作家は真理に対して忠実でなければならない」と言っています。だが、それは一種の殺し屋になることを意味します。なぜなら、ある人を忠実に描く唯一の方法は、その人の欠点を並べ立てることだからです

 

完璧な人間なんて面白くありません。俗世間から離れてしまったブッダみたいなものです。生身の生活のいろいろな欠点こそ愛すべきものです。ですから、作家が真実の言葉という矢を放つとき、人は傷つきます。でもその矢は愛情を持って放たれるのです

 

「それにしても、欠点があるからこそ人間を愛せるとおっしゃるのはなぜでしょう」。

 

➽ 子どもたちが可愛いのは、しょっちゅう転ぶから、それに小さな体に似合わない大きな頭を持ってるからではありませんか?それに、人々が飼っているおかしな小型犬、あれだって、とても不完全だからこそ可愛いんでしょう

 

「完璧な人間なんて、もしいても、退屈な人間だろうと」?

 

➽ そうなるほかないでしょう。人間らしくありませんから。人間のヘソのような中心的要素、つまり、

人間性があってこそ、人間は、超自然的ではなく、不死不滅でもない人間らしい存在になれるのです。それが愛すべき点です。だから、

一部の人たちはどうしても神を愛せない。神は完全無欠だからです。畏怖を感じることはあっても、それをほんとうの愛とは呼べないでしょう。十字架にかけられたキリストですよ、愛の対象になるのは

 

「というと」?

 

➽ 苦難です。苦難は不完全さではないでしょうか。

 

「人間が苦しみ、戦い、生きてゆく物語・・・・・」。

 

➽ ・・・・・そして、若者がさまざまな経験をかいくぐって、ようやく自己についての知識に到達する物語

美しい花粉の道

他人を欺かず、他人からも欺かれないこと。無邪気ではあるが、単純ではないこと。➽ エーリッヒ・フロム

 

欲望は歓喜のカギである。どれほど大きな喜びを感じられるかは、その人がどれほど生き生きとしているかに決定される。死んだ人間には欲望などまったく存在しないし、抑うつ状態にある人はほとんど欲望を持たない。また年寄りは若者より欲望が乏しい。子どもたちがいちばん生き生きしているのだが、したがって彼らこそ最も強く喜びを感じ、欲望が実現したときに最も大きな快楽を手にする人間である。

 

私は幼い息子が、とても欲しがっていたものを何か手に入れたとき、喜びのために、文字どおり跳びあがるのを見たことがある。彼は自分の興奮を抑えることができなかった。それはそれほど強かったのである。ここに喜びというものの秘密がある。

 

すなわちそれはあまりにうきうきするものであるために圧倒されてしまうということだ。だが、喜びを経験するためには、いきおいに身をまかせて感情を表現することに対する不安から自由でなければならない。あるいは、言い換えるならば、子どものように楽天的で無邪気でなければならない。

 

ナルシシストは楽天的でも無邪気でもない。彼らは、パワーゲームを演じること、人を誘惑すること、人を操縦することを覚えてしまっている。彼らは常に人が自分をどう見ているか、人が自分にどう反応するかを考えている。また彼らは、コントロールの喪失は狂気の不安をよびおこすという理由のために、自分でコントロールできる枠内にとどまらなければならない。

 

自我が後部座席に退き、自分の中の子どもが自由に笑ったり愛したりする喜びの瞬間を知っている方が、きっと何人かいらっしゃると思う。不幸なことに、われわれはあまりに早く無邪気さを失ってしまうし、きわめて不幸なことには、それを失ったことを自慢に思ったりする。われわれは無邪気でありたいと思わない。

 

なぜかというと、もしそうだとすれば、嘲られたり傷つけられたりするままになっていなければならないからである。だからわれわれは世間慣れした人間になりたいと願う。そうなれば優越感を感じることができるからである。

➽アレキサンダー・ロ-ウェン「ナルシシズムという病」新曜社より

 

天国はこの世界に広がっているが、人の目には見えない

「ルカによる福音書」

ああ、私の前は美しい、私の後ろは美しい、私の右は美しい、私の左は美しい、私の上は美しい、私の下は美しい、私は花粉の道をたどっている。ナバホ族「花粉の道」

弱さを認める勇気

私たちはこの地球上での私たちの生命の物語を、打ち続く成功の連なりとしてではなく、喜びと苦難の歴史として見る必要がある。今日の社会において、苦しんでいる何百万という人々のことを、そして過去における彼らの苦しみが今日の私たちの豊かさを可能にしたことを、思い出す必要がある。私たちは結局のところ、この地球上において無防備である。物質的な所有は、私たちに幸福をもたらさなかった。私たちの軍隊は、核による破壊を防ぐことは出来ない。いかに生産性を上げたところで、新しい武装システムを作ったところで、私たちの真実を変えることは出来ない。➽ロバート・N・ベラー他共著「心の習慣」アメリカ個人主義のゆくえ(みすず書房)より

 

  スプリンターセル・ブラックリスト 合衆国大統領就任トレーラー

 

ツインタワーが燃えながら崩れ落ちるさまを、全国民が震えながら見つめました。なぜアメリカがこんな目に、いったい誰が、これほど原始的な手段で帝国の心臓部に切り込んだのか?私たちは新たな世界秩序を目指し努力してきたではないか。第二次大戦後、60年に渡って悪を封じ込めてきたではないか。広島と長崎の後は、原爆も落としてはいないではないか。???

 

アメリカの一部の権力者は、テロリストからヒロシマを、あるいはパールハーバーを頭上に落とされたように感じました。全面戦争が叫ばれました。怒りとその怒りを正当化する言葉が、世界を駆け巡ります。黒いエネルギーと混沌の恐怖が、巨大なパンドラの箱から解放される様は、フランス革命の再来を思わせました。

 

独善的な思想の下で、ビン・ラディンと支持者のみならず、世界のあらゆる悪を征伐する「十字軍」が生まれました。ブッシュは戦時の大統領となりました。そして今こそ世界が覚醒するときだとばかりに、こう宣言します。

「我々の責務は明白だ。世界から悪を一掃する」。

 

世界は概ね、アメリカに深い共感を寄せました。ロシアのプーチン大統領も即座に支援を申し出ています。中東専門のジャーナリスト、クリス・ヘッジスは、数年後に記しました。

「もし我々に、弱い存在であることを認める勇気があったなら、今の脅威は遥かに減っていただろう。だが私たちはテロリストが望む通りの反応をした。暴力に訴えたのだ」。

 

過去半世紀余りの大統領たち、特に第二次大戦末期のトルーマン、ジョンソン、ニクソン、そしてレーガンは弱みを見せることを極端に嫌いました。ジョンソンはベトナムでの失敗を恐れるあまり、偉大な社会の構想を犠牲にしたと吐露しました。これがアメリカ政治のアキレス腱だと言えるでしょう

 

思いやりや共感を見せると、弱腰だと強硬派から攻められます。しかし歴代の偉大な指導者たちは、みな他者を思いやっていました。ワシントン、ジェファーソン、リンカーン、ルーズベルト、マーティン・ルーサー・キング。もし、ブッシュではなく、アル・ゴアが大統領になっていたら、アメリカの政策を憎み、頑なになった人々と気持ちを通わせることができたでしょうか?

 

テロリストに対しては、外交そして諜報機関や警察を使った従来のやり方で、冷静に追跡できなかったでしょうか?過激派の若者たちが、殉教者として崇める新たな敵をつくらずに済んだのでしょうか?ゴアだったら事実上の第三次世界大戦のような状況をつくり出していたのか?ブッシュは宣告しました。

 

「全ての国と地域が決断する時だ。我々側につくかテロリストにつくか」。彼はこれを正義と悪の闘いと呼びました。想像してみてください。世界中どの国の市民であれ、アメリカの味方になるか敵になるか、どちらかを選べといわれたら、アメリカという国をどう思うでしょうか

 

チャルマーズ・ジョンソン(歴史家)は死の前に記しました。「アメリカ人は同時多発テロを機に世界が変わったと言いたがるが、その前にアメリカ自身が第二のローマ帝国になりつつあったのだ。国際法も同盟国の意見も無視して武力に訴える史上最大の巨人に」。

 

国民の大半はなぜ自分たちが攻撃され、なぜアメリカを狙う国が増え続けているのか分かっていませんでした。しかしこのことを理解する人も増えています。アメリカ人以外は、半世紀も前から思い知らされていること、アメリカがその言葉とは裏腹に、世界を支配しようとする怪物のような軍事大国だということです。

 

ブッシュはなぜアルカイダがサウジアラビアの駐留に反対し、パレスチナ紛争でイスラエル支援に回るアメリカに反発するのか説明しようとはしませんでした。そのかわり陳腐な問いかけをします。「なぜ我々を憎む?」そして答えます。「自由が憎いのです。宗教の自由、言論の自由、選挙や議論の自由が」。

 

第41代大統領のブッシュは、パナマとイラクに戦争を仕掛け、怒りの火種を撒きました。そして今度はその息子が、テロとの戦いでアメリカの財政や経済を破綻の危機に追いやりました。彼は父と同じ戦時の大統領となることに、運命を見出したのです。チェイニーが決して終わることがないと言った戦争に。

➽「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史」ヒストリーチャンネルより

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