力と破壊の原理

➽ エーリッヒ・フロム「悪について」紀伊國屋書店より

生が、構成され機能することにより生長する特徴を持つのに対して、ネクロフィラスな人は、生長しないものや機械的なものをすべて愛する。そしてまた有機体を無機体に変貌し、生きているものを物体であるかのように機械的に接したいという欲望に駆られる。あらゆる生命過程、感情、思考はすべて物体に変貌される。経験よりは記憶が、存在よりは所有がここでは重要なのである。

ネクロフィラスな人は、それを所有する場合にのみ花とか人とかを、客体として関与しうるのである。それ故、自身の所有物に対する脅威は、自身に対する脅威であり、もし所有できなくなれば外界と断絶することになる。それ故、

たとえ生を失うことにより所有するものが存在しなくなったとしても、所有するものを失うよりは生を失う道を選ぶという、逆説的反応が見られる。彼は支配を愛し、支配しようとして生を抹殺する。

 

彼が生を深く恐れるのは、生がそのもてる性質上、無秩序で制御しにくいからである。ソロモンの裁判の物語はその典型である。子供の母たることを主張するあまり、彼女は生きている子供を失うよりは、はっきりと二等分された死児の方を好む。

 

ネクロフィラスな人にとって、正義とは正しき分割を意味し、彼らは自分たちの正義のためには喜んで殺し、喜んで死ぬ。*「法と秩序」は彼らには偶像であり、法と秩序を脅かすものはすべて、自らの至高の価値に対する挑戦と受けとるのである。

 

ネクロフィラスな人は暗闇と夜に魅了される。神話と詩の世界では、彼は洞窟や大洋の深みに惹かれたり、盲人として描かれる。生から離れ生に敵対するものは、すべて彼を魅了する。彼は子宮の暗闇、さらには無生物的・動物的な存在の過去に戻ろうとする。彼は本質的に過去を志向し、憎み恐れる未来を志向しない。

 

彼が切望するものは確実性である。しかし生は確実なものではなく、予測できず、制御できない。生を統御しうるものとするためには、生は死に変貌されなければならない。事実、死は生における唯一つの確かなものである

 

*ローフルイービル(Lawful Evil、秩序にして悪・圧政者):ローフルイービルのキャラクターは、規制や規範の範囲内で私服を肥やしたり他人から搾取をする利己主義者である。伝統や忠誠、秩序は重視するが、自由や尊厳、人命などは軽んずる。しかし、悪人ではあっても無抵抗なものは殺さないなどの主義を持っている者も多く、無秩序なごろつきとは一線を画す。ローフルイービルとは秩序立った、計画的な悪行を意味する。➽ ダンジョン&ドラゴンズ第三版ルールより

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