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砂上の楼閣

みんな、大きな船を作ったり、記念碑を立てて、名前を残そうとする。⇨ ボブ・ディラン「マイティ・クイン」

風の中の塵、すべては風の中の塵

⇨ カンサス「ダスト・イン・ザ・ウィンド」

見よ、国々は水桶の一滴、秤の上の塵のごとし。⇨ イザヤ書

 

ジェレミー・リフキン「エントロピーの法則Ⅱ」祥伝社より

不死への挑戦から生まれた西洋文明

人間は、ただ動物を捕え続けるだけでなく、毎日毎日、朝日と共に起き、引き潮が残した濡れた砂の上に城を築く。だが、砂の城が夕方の満潮で流されるという現実を、決して見ようとしない。

 

「どの時代でも、人は死という運命を超越できる手段を望んでいる。何とかして無限の生命を持ちたいと切望している。文化というものは、この願望に応えて、不死を表すシンボルやイデオロギーを与えてくれる。つまり社会というものは、不死の構造物に他ならない」。

⇨ アーネスト・ベッカー

 

私たちが文化と称するものは「骨董品」である。それはとうの昔にいなくなった発明家たちの名前を並べた「記号」の陳列会場である。そこに人間は記号を残し、永遠に残るピラミッドを建てる。つまり、死の訪れることのない会社とか国というものを創造し、過去の労働を子孫に残し未来永劫のものとするため、遺産制度というものまで生み出した。しかし、それはすべて「死を忘れるため」の幻想にすぎなかったのである

 

今生きている世界は、儚い。しかし、その向こうには不死の世界があるはずだと信じずにはいられないのが、人間なのである。だから、不死を象徴する記念碑を建てようとする。永遠に残るものが増えれば増えるほど、「自分たちも永遠に生きるのだ」という気がするわけだ

だから、結局、人間がしてきた仕事や規則、法律、組織活動、さらに、いわゆる文化的な業績や物などは、すべて永遠の世界へ向かう第一歩として作られたものにすぎない、という観察が成り立つ。

 

人は、すべてをコントロールしようと願う。ところが、自然の方は自然の方で、等しく人間も自然の一部たれと呼び掛けてくる。そして、この人間と自然の関係が、実は西洋文明を生んだと言ってもよい。すなわち、調和を呼びかけてくる自然と、自然を支配し、不死を願う人間との対立から、西洋文明は誕生したわけである

 

スタジオジブリ「天空の城ラピュタ」©二馬力・徳間書店

12-53-983

国が滅びて、王だけ生きてるなんて滑稽だわ。ラピュタがなぜ亡びたか、私よく分かる。ゴンドアの谷の歌にあるもの。<土に根を下ろし、風と共に生きよう、種と共に冬を超え、鳥と共に春を歌おう>どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんの可哀想なロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ。

 

ラピュタは何度でも蘇るさ。ラピュタこそが人類の夢だからだ

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内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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