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不死願望

スタジオジブリ「風の谷のナウシカ」©二馬力・徳間書店・博報堂

13-47-11-887

あなたは何を怯えているの?まるで迷子のキツネリスのように・・

腐海を焼き、虫を殺し、人間の世界を取り戻すに何をためらう!

 

ジェレミー・リフキン「エントロピーの法則Ⅱ」祥伝社より

人間が作る「もう一つの自然

古代、人と自然の関係は共存共栄だった。人は自然を変える能力を持たず、自然に合わせる生き方をしていたが、それはそうしなければ生きていけなかったからである。その時代の人間は自然に対する畏敬の念を抱き、その自然観は人と自然の融合を前提にしていた。

 

ところが、技術を身につけるに従い自然観も変化する。技術を身につけるほどに自然との距離は開いてゆき、自然との友好的な関係は弱まってゆく。人間は技術という「魔法」を手に入れ「第二の自然」という自分に都合の良いイメージ通りの疑似自然づくりに熱中し始めた。このようにして、人間の自然観は、自然一体型から「技術世界型」へと変化した。

 

「不死願望」がテクノロジーの源泉

人間の自然観の変遷を見ると、そこにはつねに二つの意図があることがわかる。それは人間の技術と深い関係を持ち、自然への支配力が増すほど明瞭になる。つまり一つは、

 

⇨ 不死への願望、要するに、自然から完全に独立して永遠に生き続けたいということであり、もうひとつは、

⇨ 自然に対する罪悪感を忘れようとする心の働きなのである。

 

このような「願望」を実現させるために技術を発達させると、新しい技術が生み出されるたびに、「願望」に対する思いがますます強くなる。こうして「願望」とテクノロジーは、からみあいながら、どんどん進歩するのである

 

人間の歴史は「死の克服」の歴史

動物は死の危険を察するとパニックになり、それから全力で逃れようとする。しかし、「自分はいつか死ぬのだ」と意識する生き物は人間だけである。

人間にしても、あらゆる動物や原始的な微生物にしても、できるだけ死を避けようとする点では変わらない。食物を得たいとか、エネルギーを得たいとして闘っている。しかし、ただ人間だけが、自分の死が避けられないことを意識している。動植物は、今という瞬間だけに身を置いているが、人間は未来や死のことを絶えず考えるのである。⇨ アーネスト・ベッカー「死からの逃走」

 

人間は未来を考える能力と、地平線の隅々まで見渡す能力を持ち、予測して身を守ることが出来る。しかし、先が見えれば見えるほど、自分たちの暗い運命も考えざるを得なくなる。占いが好きで、自分の運命を知りたいと思っている人でも、自分の死ぬ場所と時間だけは知りたくないと思うだろう。

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内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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