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改革の旗手と反目:「JFK」2

どういう店だか、ろくに調べもせずに、なんとなく決めた。テキサスのフォートワースのクラブだ。焼け跡みたいで屋根もなかった。その名も<スカイライン・ラウンジ>やたら広々とした店だったでかいバーにだだっ広いダンス・フロア。すごく古い。そこに出演することになったわけだが、行ってみるとでかい会場に客は3人。ゴーゴー・ダンサーと酔ったウェイターが2人だ。場内はガラガラでも発砲騒ぎがあって乱闘になった。喧嘩するほど人がいないのに。後でわかったんだけどジャック・ルビーの店だったんだ

➡ ロビー・ロバートソン ~ザ・バンド「ラストワルツ」より

 

テキサス遊説・三つの理由

1、1964年11月の大統領選挙に向けての資金集め。

2、共和党の有力候補ゴールドウォーター(超保守派)に対し、南部において民主党勝利の可能性があるのがテキサスだった。* **

3、1960年の大統領選挙では、ジョンソンの地元にもかかわらずケネディ-ジョンソン組がテキサス州では辛勝。(ダラスでは敗北)

しかも、テキサス州の民主党は保守的なコナリー知事と親ケネディのヤーボロー上院議員が対立しており、関係修復の狙いもあった。

➡ Wikipediaより

*1962年にジェームズ・メレディスが、黒人であることを理由にミシシッピ大学への入学を拒否されると、ケネディは法律を執行するために連邦軍を派遣した。

**アラバマ州バーミンガムで、差別廃止を求める抗議活動に対して警察が暴力を振るった事件の後、ケネディは公共の場所における人種差別撤廃を義務付ける新しい公民権法案を連邦議会に提出した。

➡ アメリカンセンターJAPANより

 

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➡ オリバー・ストーン監督「JFK」より

 

1960年11月、ジョン・F・ケネディ上院議員は、まれにみる激戦の選挙に勝った。ニクソン候補と、わずか10万票差だった。美しく優雅な妻ジャクリーンと共に、ケネディは60年代の自由の象徴で、大きな変革を意味していた。「心と精神の全てを捧げ、世界の平和に尽くしたい」。➡ J・F・ケネディ

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内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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