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オール・ザット・ジャズ

ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社より

恐怖に取り憑かれた人

躁病的なタイプ7は、すべて使い果たし、自分を支えるものが何もない状態になる。絶えず行動することで抑圧してきた不安が、意識の中に侵入してくる。しかし、今や、するべきことも、すがるものも何もない。その結果、彼らは猛り立った獣に追いかけられているかのように、ヒステリックに恐れるようになる

 

自分の世話は完全にできるように見えた「冷酷な俗人」は、不安の洪水に押し流され、逃げることも不可能になる。彼らの躁病的防衛は崩壊し、神経症のタイプ7を苛む。どのような不安であっても、通常のタイプ7にとってさえ、非常な脅威となる。なぜなら不安は、彼らにとって未知の領域である「無意識」から襲ってくるからである。(外向的感覚が最も抑圧するのは、内向的直観)

 

このことは、神経症のタイプ7に一層よく当てはまり、彼らは突然パニックに襲われるように感じる。あれほど、ゆるぎないと思えた実在社会は、不確かなものになり、彼らの貧弱な内的世界から来る恐怖から、自分を救い出すことができない

 

こうした恐慌状態のときに、神経症のタイプ7は、正常な人が見る悪夢を起きている間に経験する。正常な人は目覚めることにより、現実に触れ悪夢を追い出すが、この段階のタイプ7には、このことが不可能になる。彼らは完全に目覚めているにもかかわらず、姿を隠す場所はなく、恐怖で体が麻痺し、自己の消滅、発狂、出口のない無限の苦悩に繋がれる

 

彼らが恐れる不安や恐怖は、彼らには馴染みのないものであり、その恐怖の源を、彼らは捉えることができない。そのため、対処は不可能であり、解決するのはなお困難である。こうしたことの理由は、次のように分析することができる。

 

タイプ7は、外面化された生活、常に増大する体験と刺激の生活に、恒常的に没頭してきた結果、自分自身と接触する、内省的な時間が失われていた。彼らは、外面的な生活を続けていても、悪い結果になることはないと願いながら、「時間稼ぎ」をしていたにすぎなかった。そして最後の最後で、彼らはそれが間違いだったと気づく

 

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内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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