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感情否定の代償

それは生命の終わりと、生き残りの始まりだ

⇨ チーフ・シアトル

 

A・ローウェン「ナルシシズムという病い」新曜社より

勝利という最優先の課題感情の否定イメージ、これらの役割が最も明瞭になるのは「戦争」である。勝敗は生死を決定する問題となるので、感情の入り込む余地は全くない。兵士はイメージにもとづいて敵を殺す一方、同じ部隊のメンバーや同胞に対する感情により人間牲を保つ。そのような感情がなければ、冷酷な殺人マシンになったり、発狂する危険に身をさらすことになるからである

 

兵士はナルシシストではないが、戦争は彼にナルシシストのように行動することを強制するのである。なぜなら、現実に存在する人間を殺すことは容易なことではないからである。

 

 

兵士は自分たちが滅ぼさなければならない敵を、「ジャップ」「鬼畜米英」「ナチ野郎」などの、ひとまとまりのイメージとして見ることを教えられる だがそういったイメージを持つためには、彼らは自分たちも、自分とは異なる「イメージ」になる必要がある。彼らは、命令に従うこと、疑問を持たずに戦うこと、感情を持たずに行動することを、自分の役割とする兵士なのだ

 

彼らは自分に恐怖や痛みや悲しみを感じさせてはならない。そのような感情を持つことは、兵士としてのイメージをくじき、戦場で効果的に行動することを不可能にするからである。また彼らはこのようなイメージを拒むこともできない。なぜなら、そうすれば彼らは上官と衝突し、ひいては生き残ることが難しくなるからである。

 

不幸なことに、戦争は軍隊にかぎられたことではない。たいていの大都市にはギャング間の抗争があり、メンバーたちは感情や人間的諸価値を犠牲にして役割を果たす。だがそれ以外にも、企業間の戦争政治的な闘争家族の戦争がある。それらはナルシシズム的態度を促進し、他人を傷つけたり破壊したりする行為を助長している。

 

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イメージに同一化しているとき、人は他人も一つのイメージとして見るものだが、多くの場合それは、否認されている自己のある側面を象徴するものである。ナルシシズムは個々人の現実を、受容される面と否認される面とに引き裂き、後者を他人に投影する

 

他人に対する不合理な攻撃は、否認する側面を破壊したいという欲望から生じてくるものである。たとえば、自分を抜け目ない優秀な人間と考えている詐欺師は、自分の獲物をうすのろのバカとみているに違いないし、正義や公正のために闘ってるとイメージする兵士は、敵を凶暴で下劣な奴と見なすだろう。

 

自身に対して抱くイメージが、強くて逞しいものならば、傷つきやすさとか弱々しさといったイメージは、他者に投影されることになる。

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内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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