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10万年後の安全

科学がなければ、愛は無力である。愛がなければ、科学は破壊的である。何事も絶対確実だと思い込んではいけない。理性的な人間なら、自分が絶対に正しいなどとむやみに信じたりはしないだろう。私たちは常に、自分の意見にある程度の疑いをまじえなければいけない。

経済学は人々がどのような選択をするか明らかにするが、社会学は人々に選択の余地がないことを明らかにする。人はみな、自分の幸福を望んでいる。しかし、文明の技術の上で一つとなった今日の世界では、他人の幸福を望む気持ちが一つにならない限り、自分の幸福を望んでも無駄である。もしも平和が名誉を持って維持され得ないならば、そのような平和はいかなる平和でもない。

自分に起こるどんなことも、宇宙から見ればまったく取るに足らないことだ。人間は「自分の死後に、何が起ころうとしているのか」に思いをはせることが大事である。⇨ バートランド・ラッセル

 

フリッチョフ・カプラ「新ターニングポイント」工学社 より

発電所の原子炉の中では、ウラニウムの原子核が分裂して小片となり、熱が発生し、1個か2個の自由中性子ができる。この中性子は他の原子核に吸収され、分裂し、連鎖反応が始まり、原子爆弾では爆発で終わる。原子炉では中性子をある程度吸収する制御棒により速度が調節され、核分裂の過程で発生する大量の熱で水を沸騰させ、発生した蒸気によりタービンを回転させ、発電する。しかし、最終的にタービンを回して発電することについては、水力発電や火力発電と変わらない

 

要するに、原子炉とは驚くほど精巧で高価な、そして極度に危険な、湯沸かし器なのだ

 

軍需・民需を問わず、原子力テクノロジーの全段階に関与する人的要因が、事故を不可避なものにさせる。その事故は非常に有害な放射性物質の環境への放出を招く。最も恐るべき事故の一つは、溶けた燃料が容器を破壊し、地中に流れ出すメルトダウンだ。それが引き金となって蒸気爆発を起こし、致命的な放射性物質をまき散らす恐れもある。

 

もう一つ厄介なことは、原子力廃棄物の処理である。一基の原子炉から年間数トン単位の放射性物質を産出するが、その毒性は数千年のものあいだ消えないで残る。最も危険なプルトニウムは、寿命がもっと長く50万年(欧州の規準では10万年)はその毒性を維持する。

 

いったい、いかなる道徳的権限を持って、我々はかくも恐るべき負の遺産を、来るべき数千世代に残すというのだろうか

 

原子力テクノロジーがもつ、前例のない脅威がもたらす影響を考えれば、それが危険、不経済、無責任、不道徳であり、絶対認めることができないのは、誰の目にも明らかである。では、原子力に対する反証がそれほど確実ならば、なぜ原子力テクノロジーがこれまで強力に推進されてきたのだろうか

 

最大の理由は「力」に対する強迫観念的執着である。あらゆるエネルギー源の中で、原子力は政治的、経済的権力を少数のエリートの手に最高度に集中させることのできるエネルギー源だ。そのテクノロジーの複雑さゆえに高度の中央集権的制度を必要とし、その軍事的性格ゆえに必要以上の秘密主義と警察権力の拡大をもたらす。

 

原子力経済の提唱者たち----公共事業、原子炉製造者、エネルギー法人----はすべて、高度に資本集約的かつ中央集権的なエネルギー源から利益を得ている。そのため、彼らは顕在化する問題や危険を顧みることなく、原子力産業を強力に推進し続けようとするのだ

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内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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