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新自由主義の呪縛

 

1986年、イタリアでマクドナルドの第1号店ができた時、各地でさまざまな反対運動が沸き起こった。これがスローフード運動誕生のきっかけになったことは有名だが、反対理由のひとつは、マクドナルド側が日曜日にも営業しようとしたことだった

 

カトリック教徒にとって日曜日は安息日、労働を休んで神に祈りをささげる日である。現在、確かに日曜ミサの出席者は少なくなっているが、それでも日曜日になると、男も女も大人も子供もおしゃれをして、教会のある広場には出かけていき、社交を楽しんでいる。テレビやラジオでミサの中継を聞いている人も多い。イタリアでは日曜日から宗教的なニュアンスが消えてしまったわけではないのである

⇨ 国立民族博物館:労働と宗教(5)-日曜日は安息日?より

 

■新自由主義をとった国はみんなダメになっている:ひょう吉の疑問(ブログ・新聞・テレビ報道は何かおかしい。「授業でいえない世界史」連載中)2009-01-10より

 

サッチャー、レーガン、それに追随した日本。新自由主義をとった国はみんなダメになっている。イギリスは90年代には労働党のブレアへと梶を切ったが(サッチャーは保守党)、アメリカと日本はレーガン路線を継承し、止めどなく新自由主義を推し進めた。

 

その政策の誤りが昨年10月のサブプライムローンに端を発するアメリカ発の金融危機ではっきりした。構造改革の誤りもはっきりした。おかげでアメリカも日本もガタガタである。ところがスウェーデンやフィンランドなどの北欧諸国は元気である。これらの国は、日本が新自由主義だと騒いでいるときにも、はっきりとそれとは一線を画し、独自の路線をとってきた。

 

これらの国の経済が平坦であったわけではない。旧ソ連に近いこれらの国は、90年代のソ連の崩壊の際にはソ連への輸出が落ち込み、経済的に手痛い打撃を受けた。日本がバブル崩壊で経済不況にあえいでいたのと同じである。にもかかわらず新自由主義をとらなかった。もちろんそこには旧ソ連の影響のもと、社会主義の影響が強かったこともある。

 

しかしもう一つ考えなければならないことは、宗教の違いである。アメリカ・イギリスはプロテスタントの中でもピューリタン(カルヴァン派)の国である。それに対して北欧は同じプロテスタントでもルター派である。その大きな違いは職業(労働)に対する考え方の違い である。カルヴァン派は富の追求や利潤追求を肯定した特異な宗教である。

 

カルヴァン⇨ロック⇨スミス、という流れの中で古典派経済学は成立した。新自由主義はその古典派経済学の焼き直しである。ルター派にはそういう考え方は発生しない。北欧諸国は、むしろカルヴァン派の先鋭化しすぎた職業労働観に対して、その矛盾点をずっと感じていたのではないか。そういう意味ではアメリカ流の新しいものに何にでも飛びつく日本型資本主義と好対照をなしている。

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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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