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勤勉・禁欲・倹約の「影」

下層中産階級にはその歴史を通じて、特徴的ないくつかの特性があった。すなわち、強者への愛、弱者に対する嫌悪、小心、敵意、金についても感情についてもけちくさいこと、そして本質的には禁欲主義というようなことである。彼らの人生観は狭く、未知の人間を猜疑嫌悪し、知人に対しては詮索好きで嫉妬深く、しかもその嫉妬を道徳的公憤として合理化していた。⇨ エーリッヒ・フロム


 

■「勝ち組」に異常にこだわる人の深層心理

カルヴァンの考えはルターと同様に福音主義であった。しかし、彼は「救済」について一歩進め、➡ 人が救済されるのは、予め神によって定められた予定であって(予定説)、人は自分の救済については、ただひたすら自分が救済される側にあると信じることができるだけだ、とした。そして「救済」についての確証は、➡ 各人が社会生活によって「成功」することであると説き、社会的成功は勤勉・禁欲・倹約によって得られる、とした。(水村光男「この一冊で世界の歴史がわかる!」三笠書房 より)

 

カルヴァンが死んだとき、カルヴァン主義はルター派より、すでにはるかに広まっていた。臆病で病的なカルヴァンは<神の唯一の栄光>の名において、人間の導き手の使命を果たしていた。このことは、彼がしばしば非難された頑固一徹であることを証明していた。

 

カルヴァンは人間の本性について根源的なペシミズムを示している。まず人間は、もともと自由であったが、神と一体になって初めて永遠の生命を獲得することができた。しかし神に従わない人間は反逆者、つまり「誘惑者(サタン)」の犠牲になった。それを乗り越えるために何も企てることはできない唯一、神が発する恩寵が、その隷属状態から解放させるのだ。

 

この神の至高性を肯定するカルヴァンは、それゆえ絶対的な救霊予定説を表明するようになった。この説は彼の後期の著作に表れ、現在のカルヴァン主義者は保留なしには同意していない。(ジャック・ブロス「世界宗教・神秘思想百科」より

 

宗教改革におけるカルヴァンの思想は、より徹底した聖書中心主義であり、神は絶対的な権威をもち、人間の原罪はキリストの福音によってのみ救われるというものであった。その神による救済は「予(あらかじ)め定められている」であり、それを定めるのは絶対の権限を持つ神だけである、したがって


人間はすべて平等に創られてはいない。永遠の生命にあずかるもの、永遠の劫罰に喘ぐのも、すべて前もって定められている」とした。そのような人間がどのようにして神への絶対的服従を示すことができるかというと、現世の天職を与えられたものとして務めることでしかできない、と説いた。


このようなカルヴァン派の信仰は西ヨーロッパの商工業者(中産階級)に支持されていった。そしてこの西ヨーロッパの商工業者の中から、近代社会を出現させる資本主義が生まれてきた。⇨ 世界史の窓「世界史用語解説・授業と学習の窓」予定説 より


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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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