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ユートピア構想の模索と矛盾

講座・差別の社会学2「日本社会の差別構造」弘文堂:共生へのユートピアとその挫折(学校改革運動の「近代」と「反近代」佐藤学より

 

下中弥三郎の功績に関しては、教員労働組合の組織や学習権や教育委員会制度や完全無償の公費教育や入試制度の全廃や脱学校論の主張のいずれもが日本で最初の提案であることから、その画期的な構想力と情熱的な活動に高い評価が与えられてきた

 

しかし、下中はもう一方で「*大亜細亜主義」と「*すめらみこと信仰」を提唱して「*国家社会主義」を推進した中心人物であった

 

彼は、*大政翼賛会の第四委員会(文化・出版係)と第六委員会(教育・思想関係)の委員長、日本精神文化研究所の顧問、出版報国団の顧問などを歴任し、戦前、戦中、戦後を通して、軍部や右翼に関係する多数の組織の要職を担った人物である。

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*大亜細亜主義ー欧米列強のアジア侵略に対して、アジアの団結を図ろうとする主張。明治の初期における民権論と国権論、欧化主義と国粋主義の対立は、日本の膨張主義が生み出したものであり、この風潮のなかから大アジア主義は生み出されてきたといえる。(平凡社/世界大百科事典 )

*すめらみことー天皇を敬って呼ぶ語。( 三省堂/大辞林 )

*国家社会主義ー資本主義社会の矛盾を国家の手によって解決しようとする思想と運動。国家の干渉によって社会主義的要求の一部を実現しようとするもの。マルクス・レーニン主義が国家の死滅を説いたのに対し、国家の統制機能は永遠であるとした。19世紀末のドイツで発展し、ビスマルクの社会政策などにも見られる。ナチズムはこの思想を極端化したもの。(平凡社/百科事典マイペディア)

*大政翼賛会ー1940年10月に第2次近衛文麿内閣により、新体制運動を推進するために創立された組織で、総力戦争を遂行するために一国一党制を実現させようとしていた軍に対し、国民各層の有力な分子を結集して軍に対抗できる強力な国民組織をつくろうとしたもの。しかし、次第に近衛の思惑をはずれ、政府に指導される公事結社として、行政補助機関のようなものとなり、東条英機内閣では国民統制組織としての色彩を強めた。(ブリタニカ国際大百科事典)

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このように左右の政治活動と文化活動を多面体のように逐行した下中は「昭和の怪人(大宅壮一による)」と呼ばれている。しかし、次の三つのことでは一貫していたことに留意したい。

 

1、差別と排除の装置としての学校の破砕と教育の構築を生涯追及し続けた。

2、「人類愛」「無産者の開放」「世界一教」などで表現される主旨の「大亜細亜主義」を貫いた。

3、教育・文化・政治において活躍した下中であったが、徹頭徹尾、出版メディアの人だった。

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内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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