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躁的防衛

エーリッヒ・フロム「自由からの逃走」東京創元社 より

 

道徳的生活をとくに強調することは、カルヴィニズムの特徴であったが、しかしそれはまた特殊な心理的意味をもっていた。カルヴィニズムは絶え間ない人間の努力の必要を強調した。人間は絶えず神の言葉に従って生活し、その努力を怠ってはならない。この教えは、人間の努力が彼の救済にとって、何の役にも立たないという教義と矛盾するように見える

 

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どのような努力もしないという宿命論者の態度が、はるかにふさわしいように思われるであろう。しかし心理学的に考えれば、そうでないことがわかる。不安の状態無力と無意味の感情、とくに死後の世界についての懐疑は、誰にもほとんど耐えられないような精神状態を示している。このように恐怖に打たれた人間は、誰でも、努力を怠ったり、生活を楽しんだり、また未来に起こることに無関心であったりすることはできないであろう

 

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この耐え難い不安の状態や、自己の無意味さについての委縮した感情から、逃れることのできるただ一つの道は、カルヴィニズムできわめて優勢になった、まさにその特性だけである。すなわち熱狂的な活動と、何かをしようという衝動の発達である。このような意味の活動は強迫性を帯びてくる。個人は疑いと無力さの感情を克服するために、活動しなければならない。このような努力や活動は、内面的な強さや自信から生まれてくるものではない。それは不安からの死に物狂いの逃避である。

 

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このメカニズムは、個人が恐怖に襲われているとき、容易く見ることができる。数時間のうちに、自分の病気(おそらくは致命的な)について、医師の診断を受けようとしている人間は、当然不安の状態に置かれる。大抵彼は、静かに腰を下ろして待つようなことはしない。もしその不安が、彼を委縮させなければ、多かれ少なかれ、熱狂的な行動に駆り立てられるだろう

 

どのような行動であれ、日常的なそれよりも、より活発で、より熱狂している。なぜかというと、彼は不安にそそのかされているのであり、熱狂的な行動により、無力感に打ち勝とうとしているのである


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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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