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自己敗北性パーソナリティ障害

マルコによる福音書 第5章(WordProject 「聖書」)より

こうして彼らは海の向こう岸、ゲラサ人の地に着いた 。それから、イエスが舟からあがられるとすぐに、汚れた霊につかれた人が墓場から出てきてイエスに出会った。 この人は墓場を住み家としており、もはやだれも、鎖でさえも彼をつなぎとめて置けなかった。


彼はたびたび足かせや鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせを砕くので、だれも彼を押えつけることができなかったからである。そして、夜昼たえまなく墓場や山で叫びつづけて、石で自分のからだを傷つけていた。 ところが、この人がイエスを遠くから見て、走り寄って拝し、大声で叫んで言った。


「いと高き神の子イエスよ、あなたは私となんの係わりがあるのです。神に誓ってお願いします。どうぞ、私を苦しめないでください」それは、イエスが「汚れた霊よ、この人から出て行け」と言われたからである。 また彼に「なんという名前か」と尋ねられると「レギオンと言います。大ぜいなのですから」と答えた。 そして、自分たちをこの土地から追い出さないようにと、しきりに願いつづけた。

さて、そこの山の中腹に、豚の大群が飼ってあった。 霊はイエスに願って言った「私どもを、豚にはいらせてください。その中へ送ってください」イエスがお許しになったので、汚れた霊どもは出て行って、豚の中へ入り込んだ。すると、その群れは二千匹ばかりであったが、崖から海へなだれを打って駆け下り、海の中でおぼれ死んでしまった。


自己敗北性パーソナリティ障害(Wikipedia より)

自己敗北性パーソナリティ障害は、マゾキスティックパーソナリティ障害としても知られる、ひとつの提案されている人格障害である。それは、1987年に『精神障害の診断・統計マニュアル』第3版改訂版 (DSM-III-R) の付録に収載されたが、それ以降の『精神障害の診断・統計マニュアル』(DSM)への公式の追加は許されなかった。代案として「特定不能のパーソナリティ障害」の診断が代わりに使われる可能性がある。いくらかの研究者や理論家はこの基準を使い続けている。


診断基準(アメリカ精神医学会、DSM-III-R 精神障害の診断・統計マニュアル)より

A⇨ 成人期早期までに始まり、種々の状況で示される全般的な自己敗北型の行動パターン。患者は、しばしば楽しい体験を避けたり途中でやめたりし、自分が苦しむような立場や人間関係にひきこまれ、他者が自分を助けられないようにするが、それは以下のうち、少なくとも5つによって示される。


1、もっとよい選択が明らかにある時でさえ、失望、失敗、または冷遇を味わう人物や状況を選ぶ(例、恋人や友人の嫌な点を人に指摘させ、あたかも自分の意見ではないような顔をする人物)。

2、 他者が自分を助けようとするのを拒絶、または効果がないようにする。

3、  自分個人に良いできごと(例、新しい成功)の後、抑うつ、罪責感、または苦痛を生じるような行動(例、事故)で反応する。

4、他者に、怒り、または拒絶的反応を起こさせて、傷つき、打ち負かされ、辱められたと感じる(例、人前で配偶者をからかい、怒って言い返された後、がっかりする)

5、楽しみの機会を拒絶し、または楽しいという表現をすることが好きでない(十分な社会的技能も楽しむ余裕も、あるにもかかわらず)

6、自分個人の対象としての重要な仕事が、その能力がはっきり示されているにもかかわらず、完成できない(例、仲間の学生に論文を書く手助けをするが、自分のものは書けない

7、いつも自分によくしてくれる人達に興味がないか拒絶する(例、世話を焼かれるのが好きでない)

8、期待される見返りのためではなく、過度の自己犠牲に没頭する。


B⇨ Aの行動は、身体的、性的、または精神的に虐待されたことに反応して、またはそうなることを予期した場合のみに起こるものではない

C⇨ Aの行動は患者が抑うつ的である時のみに起こるものではない

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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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