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客観性という神話

ニュースを見すぎて夜更かしするなよ。見たものが真実とは限らない。⇨ マイク・リッター「サバイバー・宿命の大統領」


彼は筋金入りの錬金術師だった。彼の錬金術としての目的は、賢者の石の発見とエリクシルの発見だった。賢者の石とは、卑金属を金に変えることのできる物質であり、

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錬金術関連の著述の多くは火災により焼失している。残った資料の大半を購入したのは、かの経済学者ケインズである。そのケインズをして「ニュートンは理性の時代の最初の人ではなく、最後の魔術師だ」といわしめた。⇨ 国際社会経済研究所:2014年(コラム) デカルトは数学者?ニュートンはオカルト研究家? より


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ただし、あくまでエジソンは合理主義者を自負しており、1920年代を通じて常に自由思想家協会を支持していた。 ⇨ Wikipedia より


外向型の影

外向型はつねに、自らを客体に委ね、主体を客体に同化させようとする。その結果「外向的な構え」が度を超すと、主観的要因が有害な抑圧を受けることになる。意識の外交的構えに対する無意識の補償は、逆に主観的要素を特別に強調することになる。すなわち外向型の無意識の中には極端な自己中心性が指摘されるはずである。


客体や客観的事実に意識のエネルギーを傾注すると、自らの意見・希望・欲求などの主体的な心の動きの多くが無理やり抑圧され、本来これらにも注がれるはずのエネルギーが奪われる


そのため客体に完全に同化すれば、抑圧された少数者の抗議を受ける。客観的事実だけに同化すると、主観的な心を意識化することが妨げられ、それは抑圧の度合いに比例して退行的な性格を帯びることになる。


主観的な心に注がれるべきエネルギーの多くは、客観的事実に同化するために使われ、どうしても取り上げられないエネルギーだけが残される。この残存エネルギーはそれでもなお侮りがたい威力をもっており、これは「根源的本能」と名づけるしかないものである


いかなる抑圧された傾向にも、たとえエネルギーを奪われたために無意識化しているとはいえ、本能の強さに見合った相当量のエネルギーが残されており、外向的な構えが徹底すればするほど、時には幼児性をはるかに超えた、無軌道ともいえる自己中心性を特徴とする

⇨ ユング「タイプ論」みすず書房 より

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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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