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アメリカ超越主義哲学


TMwave/変化は内側から始まる:2013年1月25日 超越主義のエマソンがかいま見ていた永遠なる一つの体験とは? より


アメリカ超越主義の創始者は、ラルフ・ウォルド・エマソンである。エマソンは何代も続いたキリスト教聖職者の家系に生まれた。14歳でハーバード大学に入学し、26歳で牧師になった。彼の説教には人気が集まった。しかし彼は講演と著述活動に専念するために牧師の職を捨てることになる。


アメリカ超越主義は、しばしば理知的、社会的な運動と見なされる。だが、エマソンとソローは著書の中で、彼らを駆り立てたものは超越の体験であったことを明らかにしている。彼らの著書にはそれらの内的体験が明快に説明されている。以下はエマソンの有名なエッセイ『大霊』の一節である。


そのような短い瞬間には深遠さがあり、その瞬間を体験するとき、私たちは、その体験には他のどのような体験よりも大きな真実性がある、と感じることを余儀なくされる。…地球が大気の柔らかな腕に抱かれるごとくに、私たちは大いなる自然の中で安らいでいる。この大いなる自然が、「統一」「大霊」であり、その中で、すべての人間の個々の存在が、他のあらゆる存在と一つになっている。


私たちは、生命を受け継ぎながら、部分や単位に分断された状態で生きている。その一方で、人間の内には、全体としての魂思慮深い静寂普遍の美が存在し、どの部分、どの単位も一様にそこに繋がって、永遠なる一つを成している


私たちはこの深遠な力の中にあって、その力のもたらす至福をすっかり手に入れることができる。そしてこの力は、どの瞬間にも自己充足し、完璧であるのみならず、見る行為と見られる対象、見る者と見られる光景、主観と客観とが一つになっている。私たちはこの世界に存在するものを、太陽、月、動物、木……というように別々の現象としてとらえる。だが、これらの輝かしい部分のすべてが一つになっている全体、それこそが魂なのである


はっきりしているのは、人間の内なる魂は私たちの存在の背景であり、現象のすべてはそこに内包されているということだ。その広大さは私たちの理解を超えている。内側あるいは背後から発せられる光は、私たちを通じて輝き、物事を照らし出す。そのとき私たちは、自身は無であり、光がすべてであることに気づかされる。一人の人間は、あらゆる叡智、あらゆる善が納められた神殿を外から見た一面である


魂が人間の理知を通じて呼吸をするとき、それは才能となり、人間の意志を通じて呼吸をするとき、それはとなり、人間のの中を流れるとき、それはとなる。


この純粋な性質を、すべての人間はいつかは感じるようになる。それを言葉で言い表すことはできない。あまりに微妙なものであるから。それはとらえどころがなく、計り知れないものだが、それが私たちの中に充満し、かつ私たちがその中に包含されていることに、私たちは気づいている。人間の内側にはあらゆる霊的存在があることを、私たちは知っている


私たちは一面では、深遠な霊的本質に、神の性質に開かれているのである。


エマソンは、『自己信頼』というエッセイの中の有名な一節でも、この体験について次のように書いている。


静寂な時間を過ごしているとき、なぜかはわからないが、魂の中の「存在」を感じることがある。「存在」は、物事や、空間や、光や、時間や、人間とは異なるものではなく、それらを内包したもので、明らかにそれらの生命や存在と同じ根源を共有している。


私たちは物事を存在させる生命を最初は共有するものの、後になるとそれらの物事を自然のなかの現象としてとらえてしまい、その根源を共有していたことを忘れてしまう


しかし、ここにこそ行動と想念の泉がある。ここには人間に叡智をもたらす霊感を呼吸している肺がある。… 私たちは限りなく広大な知性の中にいる


この生命の内なる領域には、何千年もの間に、たくさんの名称が与えられてきた。老子はそれを「タオ」と呼び、プラトンはそれを「善と美」と呼び、アリストテレスはそれを「存在」と呼び、プロティノスをそれを「無限なるもの」と呼び、イエスはそれを「内なる楽園の王国」と呼んだ。ユダヤ教ではそれは「エーン・ソーフ」として知られている。


どのような名称が与えられようと、それらはみな同一のものを指している。それは、私たち一人一人の内側にあって体験と覚醒の時を待っている普遍的な枠のない意識の場であり、自然界そのものを生み出している普遍的な知性の場なのである

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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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