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長距離ランナーの遺書-3



女子SPA!⇨ https://joshi-spa.jp/893319/2
リスクしかない組体操がなくならない理由<参考/堀越英美『不道徳お母さん講座』 編集/森聖児> より


組体操は“戦争ごっこ”が起源

大正以降、兵式体操は「教練」と名前を変え、第二次世界大戦の激化で運動会がなくなるまで、運動会の花形であり続けた。


運動会のきっかけとなった兵式体操はどのようなものだったのか。『兵式体操教範』(明治40年)を眺めていたら、「人梯(じんてい)」という組体操の人間ピラミッドのような体操をみつけることができた。これは戦争で高い崖などを乗り越えて進軍するための訓練らしい。


この「人梯」は、明治45年の鳳鳴義塾(現・兵庫県立笹山鳳鳴高等学校)の運動会プログラムや、大正時代に撮影されたとおぼしき「函館師範学校創立記念第三回陸上大運動会」写真にも登場しており、戦前から運動会の出し物になっていた。組体操はなんのことはない、由緒正しき兵式体操の復活だったのだ

 

ということは、巨大組体操は国家による戦前回帰ムーブメント? いや、それはさすがに単純すぎる見立てだろう。多分目的は、現代ならではのものである。体罰を感動にすり替えた

 

理不尽な苦役を集団に課せば、人々はやり遂げたことに達成感を抱く。「個」を消して大きな集団に身をゆだねるカタルシスが場を支配する。そうなれば逸脱者が現れても、統治者が手を下すまでもなく、「自分たちの感動を壊すとは何事か」と同調圧力を働かせて攻撃するようになる


体罰が許されなくなった21世紀の学校が代わりに見つけた“感動統治”の手法、それが巨大組体操なのである。それらを推進しているのは、特定の集団というよりも。「感動」して「絆」を深めたい保護者であり、先生であり、子供であり、地域住民であるところの私たちなのかもしれない


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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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