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劣化する学校

人は生まれたとき無知であって、ばかではない。教育によってばかになるのだ。⇨ バートランド・ラッセル


しおちゃんマン★ブログ「学校現場への応援歌」より

■原因は「一斉・一律主義」と「競争主義」
最近の学校現場は、同時に同じように展開させようとします。また、教育の成果を競争させることで、その質を高めるというねらいも強いです。しかもその成果は、目に見える形であることを要求してきます。


前者を「一斉・一律主義」、後者を「競争主義」と仮に呼ぶことにします。現場では、「一斉・一律主義」により、周りに合わせるために労力を使わなければならなくなりました。さらには、自分の指導方法だけ違っていたり、遅れたりすることに対して、とてつもない焦りの気持ちが生まれるようになりました。これが「一斉・一律主義」からくる多忙感の正体です。


たとえば、最近は「スタンダード」が流行です。「授業スタンダード」「学習スタンダード」「生活スタンダード」等々、板書で使うチョークの色から、子どもの頷き方まで細かく「標準」が決められ、それをどれだけクリアできたかが問われます。スタンダードを進めているのは教育委員会やそれに忖度しつつ従っている学校(管理職)等です。我々はただ、子どもとは無関係に、ただ忙しく振り回されているだけなのです。


一方で、「どこよりも質の高い教育サービスをいたします」「結果や成果も出します」といった、目に見える教育成果を競う忙しさがあります。 学力テストしかり、部活問題しかり……、見た目出来栄えの評価優先の教育もその一つです。 さらにそこには、説明責任が発生し、教師個々への評価もからんできていることにも注意を払わねばなりません。


成果・結果を求められることが、大きなプレッシャーとなり、成果が出なければ果てしなく時間をかけなければならず、ますます追い込まれてしまう……。これが「競争主義」からくる多忙感の正体です。


「一斉・一律主義」と「競争主義」。この二つの流れが押し寄せていることが学校や教師を多忙にさせ、多忙感を助長させていることは間違いありません。教師の異常な忙しさの背景には、こういった政府の教育政策があります。


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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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