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無意識を「意識化」する

身の安全さ。おれの手にあるきさまの身の安全よ。二度と再び、ここより東へは行かぬと約束しろ。そうすれば、おれも手荒なことはせん。「身の安全だと⁉このわしをおどそうというんだな。何にかけてだ。」きさまの名にかけてだ、イエボー

⇨ ル=グウィン「ゲド戦記1・影との戦い」岩波書店 より

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A・W・シェフ「嗜癖する社会」誠信書房_より

命名の役割

嗜癖があることを認めない限り、嗜癖からの回復は望めません。このように現実に命名することが回復の本質になります。嗜癖システムの中で嗜癖的なプロセスによって動かされていることを認めない限り、回復への道は決して開かれないでしょう。


何かに名前をつけるということは、それを所有するということです。いったん所有すれば、それは私たちのものになり、以前なら断念していたパワーをもたらします。パーソナル・パワーを使うことをひとたび覚えれば、以前ならできなかった発見をするようになります。


システムを嗜癖と名づけることが、それをとがめているのではないことを忘れないでください。回復への可能性を模索しているのです


命名されていないものが、私たちに影響を及ぼすことがあります。「身体的虐待」_batteringは以前からあったのに、一般的な名前がつけられるまで、存在しないことになっていたのです。誰もそれについて語らず、身体的虐待者あるいは身体的虐待の被害者と呼ばれず調査も行われませんでした。


被害者たちの救護施設も、研究や対策のための基金も設けられませんでした。しかし一度名前が授けられた後には、身体的虐待は認知される現実となり、認識することができるようになったのです。


「ゲド戦記・影との戦い」のなかで、アーシュラ・ル=グウィンはいかにして魔法使いになるかを述べています。訓練の期間中は、膨大な時間を「名づけの長」と共に過さなければなりません。


名づけの長はあらゆる事柄の真の名前(本当の意味)を知っています。真の名前は、一般に誰もが使う名前とは異なります。あらゆるものの真の名前を学べば、それが持つどんなパワーも自分に取り込むことができます。私たちの生きるこのシステムにおいても、それが必要なのです。

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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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