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自己中心性

アン・ウィルソン・シェフ「嗜癖する社会、1993年、誠信書房」より

嗜癖者は周知の通り自己中心的です。彼らは周りの人々を気づかっていると主張するかもしれませんが、彼らのこだわりはあらゆるものに影を落としていきます


少し前のこと、私は自己中心性の特徴を示すショッキングな出来事に出会いました。私は鉱泉のプールのわきで居眠りをしていたところ、誰かのたてた大きな音で目が醒めたのです。一人の母親が小さな息子をプールに連れてきたところで、彼女はラウンジチェアーをバタバタ動かしていました。周りの邪魔になることはまったく気にならない様子でした。


彼女はまた、子供の影響にも無関心でした。二人がどうしてこのプールにやってきたのか、別の人が彼女に彼女が話しているのも耳にしました。息子が筋肉を傷めたので、学校を休ませて鉱泉に入りに来たのだというのです。しかし着いてみると、子供は鉱泉に入ることができないことがわかりました。それでも彼女はそこに留まることにしました。


空いている椅子は一つしかありませんでした。彼女はその椅子を取り、別の椅子が空くまでコンクリートの上に座っているようにと息子に言いました。子供はそれに従い、楽し気にイヤホンで音楽を聴きだしました。母親はちょっとだけ聞いていいかと尋ね、子供がラジオを渡すと、三十分ばかり自分が聴きいっていました。


それで子供は、母親が持ってきたジュースを飲んでいいかと尋ねました。母親はバックからジュースを取り出し子供に渡しました。彼は栓を開け一口飲んで、そっと自分の椅子に置き(その時には自分は椅子を見つけていました)そこら辺をぶらつき出しました。


彼がいない間に、母親はジュースを取り上げ、全部飲んでしまいました。子供が戻ってきてジュースが空なのに気づいてから。ちょっと信じられない会話が始まりました。


「残ってないよ」と子供が言いました。「ちょっと飲んだだけよ」と母親。「ぜんぜん残ってないもん」「そう、ちょっと飲みすぎたもしれないけど、でも全部は飲んでないわよ」「お母さんが全部飲んじゃったんだよ」「ぐずぐず言うんじゃないの。あとで新しいのをあげるから」「でも喉乾いたよお!」「後でって言ったでしょ!」と母親は叱りました。その子供の要求はささいなものだったのに、母親はまったく無視してしまいました。


不幸なことに自己中心性は伝染します。他人のことをほとんど気にかけない人々と一緒にいると、自分を守り私財をため込み自分のことしか考えられなくなるのです。誰もがそうしているからです。この少年が成長した際、自分勝手にならなければ何も手に入れられないと信じるようになる様子が想像できます。


ごく最近、鯨見物に行った際、さらに驚く例にあってしまいました。ツアーの参加者の一人が急に気落ちして姿をくらましてしまったのです。何が悪かったのかと後で尋ねたら、お金を費やしてはるばるやって来たのに、鯨は自分がここにいることにも気づかない、と彼女は答えました。まったく自己中心的です。


自己中心性のもう一つの側面は、自分を宇宙の中心に置くことです。あらゆる出来事は、自分のためになるか、ためにならないかで区別されます。

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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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