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ナルシストの見分け方_1

エーリッヒ・フロム「悪について」紀伊国屋書店

道徳的ヒポコンドリー症(心気症)とナルシシズムは、本質的に違わない。この症状の人は、病気になり死ぬことを恐れているのではなく、罪のあることを恐れている。こういう人はたえず自分が間違って罪を犯していないかとか、知らず知らずのうちに罪を容認してはいないかということに心をとられている。


外から見ると、非常に良心的かつ道徳的で、他人に気を使っているように見えるが、事実この人は自分自身自分の良心、他人の自分に関する批判などに関心をもっているのである。肉体的・精神的ヒポコンドリー症に存在するナルシシズムは、不慣れな人には比較的見分けにくいが、虚栄心の強い人のナルシシズムと同じである


K・アブラハムがネガティヴ・ナルシシズムという名で分類したこの種のナルシシズムは、とくにうつ状態で現れ、物足りなさ非現実的及び自虐的な感情を特徴とする。


より軽い形では、日常の生活においてナルシスティックなオリエンテーションを見ることができる。有名な冗談に、それがうまく表現されている。ある作家が友人と会って長時間自分のことをしゃべった後で言う。「僕のことをずい分長く話し込んでしまったね。今度は君のことを話そうや。ところで僕の最近書いた本をどう思う?」


この男は自分のことに気をとられ自分の反響として以外には、他人にほとんど注意を払わない人間の典型である。人助けをしたり、親切にふるまうことはあっても、自分自身がそうする姿を見るのが好きだから、そうするのである。彼のエネルギーは、今援助している人の立場に立って事を選ぶのではなく、自己称賛のために使われるのである。


ナルシスティックな人は、どうして見分けられるのか?容易にそれとわかるタイプがひとつある。それは自己満足のあらゆる兆候があらわれているような人である。彼がつまらぬちょっとした言葉を喋るとき、自分ではさも大事なことを話しているように思っているのが、我々によくわかることがある


一般に彼は他人の話を聞いていないし、本当の関心を示さない。そのくせ自分に対しての批判に敏感であることから、ナルシスティックな人だということが分かる。この過敏さはどんな批判の正しさも否定し、また、怒りや抑うつを伴った反応としてあらわれる


ナルシスティックなオリエンテーションは、内気と謙譲の態度の背後に隠されている可能性が多い。事実、自己礼賛の対象として謙虚な態度を示すというナルシスティックなオリエンテーションを、人に見かけることは稀ではない。ナルシシズムがどのように現われようと、外界に対して真の関心を欠如することは、ナルシシズムのあらゆる形に共通である。

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日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

Author:佐藤蓼丸
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