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精神病的パーソナリティ

エーリッヒ・フロム「悪について」紀伊国屋書店 より


精神病的パーソナリティは一方の極を代表するものであるから、ナルシシズムの特性についてそれは多くの洞察を提供してくれる。それはアクトアウト(実際行動)を起こそうとするナルシストの傾向を陰影鋭く描き出すばかりでなく、ナルシストの内に潜む誇大感を明るみに引き出すのである。


重要なのは、たとえばナルシシズム的性格や精神病的パーソナリティの持ち主は、即座に満足を得ようとする欲求、つまり欲望を抑制したり欲求不満を耐え忍ぶ能力欠如を示すということである。


この弱さは人格の内に存在する幼児性の表現と見なすこともできるが、私の考えではそれはまた別の意味起源を有するものであって、自己不全感を反映しているのだ。


精神病的パーソナリティの人たちは、必ずしも社会が敗残者と呼ぶような人たちとは限らない。こうしたパーソナリティの研究を行ったアラン・ハリソンによれば、成功した精神病者も存在する。それは、


氷のような知性を持った素晴らしい、後悔することを知らない人々であり、自分以外の世界に対する攻撃的な意図を持ち、愛情や罪悪感を感じる能力の欠如した人々である」。


このような人間は、有能な法律家や行政官、あるいは有能な政治家になることができる。こうした人物は、


人を殺す代わりに会社を乗っ取ったり、会社をつぶしたりするだろうし、人を殺す代わりに人をやっつけたり、人の肉体ではなく、もっている能力を切り刻んだりするであろう」。


皮肉なことに、この手の「成功」を手に入れるカギは、その人が感情を欠いていること(これはすべてのナルシシズム障害を理解するためのカギなのだが)である。


感情の否定が強まれば、強まるほど、人はますます深いナルシシズム障害に陥るのだ。

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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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