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海を渡るエルフ

『ロード・オブ・ザ・リング』(The Lord of the Rings)は、J・R・R・トールキンの小説『指輪物語』を原作とし、ピーター・ジャクソンが監督・共同脚本を務めた叙事詩的ファンタジー冒険映画の三部作である。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


ユング「タイプ論」みすず書房 より

内向的直観型の人が最も多く抑圧するのは客体の感覚である。このことが彼の無意識を特徴づけている。この感覚の特性は、衝動的で歯止めが利かないことであり、それに加えて感覚的印象に異常なほど縛られている。この性質によって、霞を食って生きている意識的構えが補償されてある程度の重みが与えられ、その結果完全に「昇華」してしまうことを防ぐことができる


ちょうど世界を感覚的にしか捉えない人にとって、世界が道徳的な問題となることが決してないように、直観型の人にとってもイメージの世界が道徳的な問題となることは決してない。世界はこの双方にとって審美的な問題知覚の問題・「感じ」・なのである。


このようにして内向的直観型(タイプ4)の人には、自分に身体が存在することも、それが他人に影響を及ぼすことも意識されなくなってしまう。外向的立場から彼らを批判するならば、「彼にとって現実は存在せず、彼は何の実りもない夢想にふけっている」ということになろう。


無意識のイメージを観照することは、汲めども尽きぬ想像力を生み出すとは言え、もちろん直接役に立たないという意味では非生産的である。しかしこうしたイメージが場合によっては、歴史の新しい流れを促すような見解を生み出す可能性を持っているという意味において、外的世界から最も縁遠いこの機能も、ちょうど同タイプが民族の心的生活にとって欠くことのできないものであるように、心の収支決算全体にとっては不可欠なのである。もしもこのタイプが存在しなければ、イスラエル民族に預言者が現れることはなかったであろう。


内向的直観が捉えるイメージは、ア・プリオリに備わっている・すなわち遺伝によって備わっている・無意識的精神の基盤に由来するものである。これら諸元型の最奥の本質経験によっては捉えられないがこれらは先祖代々営まれてきた心的機能の諸活動の沈殿物・すなわち有機的存在の諸経験が何百万回も繰り返されることによって堆積圧縮されて一定の元型になったもの・を表している。したがってこのタイプは原初の時代からこの惑星で営まれてきたあらゆる経験を代表しているのである。


ところで無意識はけっして心の<死せる残滓>としてそこにあるだけのものではなく、むしろ我々の中でともに生きており、内的変化・すべての現象一般と内的に関連した諸変化・を経験しているのであるから、内向的直観が内的諸価値を知覚すれば、すべての現象を理解するためにきわめて重要なある種の資料が得られる


それどころかこれには新しい可能性だけでなく、後になって現実に生じることを多少なりとも明瞭な形で予見することすら可能であるこれが預言者的な洞察をもたらすことは、これがあらゆる経験可能な事柄の法則的な経緯を表す元型と関係していることから説明がつくのである

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地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
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武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

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