FC2ブログ

現実世界のエルフ

『ロード・オブ・ザ・リング』(The Lord of the Rings)は、J・R・R・トールキンの小説『指輪物語』を原作とし、ピーター・ジャクソンが監督・共同脚本を務めた叙事詩的ファンタジー冒険映画の三部作である。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


確かに知覚を道徳的問題にするためには、判断を下す機能をある程度強化しなければならないため、内向的直観型の本性そのままでいるわけにはいかないが、しかし直覚を純粋に審美的なものから道徳的なものへ転換させるためなら判断をほんの少し分化させるだけで十分である。こうしてこのタイプの変種が生まれる・・・・

彼は自らの幻視が持っている意味に心を奪われ、それがもつ広範な審美的可能性よりはむしろ、それが自分に対して持っている内容的意味から生じうる倫理的影響力の方を気にかける。自らの判断を通して彼は、自分が人間として丸ごと幻視の中に何らかの形で入り込んでいること、そしてこの幻視が単に観照されうるだけでなく、主体の血肉にもなりうることを、もちろんたいていはただ漠然とではあるが、認識させられる。この認識によって彼は、自らの幻視を自分自身の血肉に変えなければならないと感じる。⇨ ユング「タイプ論」みすず書房 より


ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社 より

統合の方向:タイプ4はタイプ1に動く

健全なタイプ4は、何か客観的なもの、自分の感情と想像を超えた何かに集中することによって、自分自身を実現する。彼らは主観性の世界から客観性の世界へ、自己陶酔から節操のある生活へと動く。彼らは、自分の感情に関わりなく行動する勇気をもって、自己陶酔の容赦のない力から自己を解放した。もはや自分の感情に支配されるのではなく、自分の確信に従って、気分よりも模範に基づいて行動する。


タイプ1に動いたタイプ4は、従う必要のあるさまざまな価値が存在することを認める。彼らは、進んで自己修養し、世界に貢献できるようにその潜在能力を実現することに向けて一貫して働く。


皮肉なことに、統合しつつあるタイプ4は、誤った自己探求の中で好きなことを何でもするのではなく、しなければならないことを、しようと欲することで、探し求めた自由を発見する。世界の一部となることによって、彼らは、自分自身を発見するための状況を発見する


そして、現実から満足感を得るため、彼らはもはや放縦でありたいという気にはならず、自分は他の人たちと違うと考えることもない。その代わり、統合しつつあるタイプ4は、現実及び良心の命ずるところに従い、進んで自分自身に限度を設け、それによって社会的、道義的義務から自分自身を免除する傾向を克服する。


統合しつつあるタイプ4は、健全なタイプ1のように、優秀な教師であり、自分に対して客観的であり、しかも、タイプ4であるため、主観的な世界の豊かさを白日の下に置くことができる。彼らの直観は、優れた判断力理性による個人としての洞察によって強化され、最後に、統合されつつあるタイプ4は自分自身を超越してしまっているため、彼らが創るものは、客観的であり、それを通して自分自身について何が真実かを学べるものである。


統合しつつあるタイプ4は、芸術作品であれ、親切な行為であれ、豊かな人間関係であれ、自ら創り出すものを見通すことができる。そうして彼らは、自分が何者なのかを学ぶだけでなく、真の自尊心への根拠を自分自身に与える。創り出したものの素晴らしさに応じて、それを創り出した人物もまた素晴らしいに違いないということを彼らは理解する

記事分類
地球ネコ
内村鑑三の言葉
日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
リンク
武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
BlogPeople
投票ボタン ☟
*
ブログ村投票
プロフィール

佐藤蓼丸

Author:佐藤蓼丸
オリジナルのブログを目指して鋭意更新中