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9つの指輪と9人の旅の仲間

与えられた指輪はエルフに三つ、ドワーフに七つ、人間に九つ。加えて、力と支配の指輪が一つ。指輪を与えられなかった平凡で平和を好み、野心に縁のないホビットのフロドが、自分の意志で旅を志願したことに注目。⇨ タイプ9の統合のベクトル「タイプ9はタイプ3に動く」


ドン・リチャード・リソ「性格のタイプ」春秋社 より

全人的人間な人間になることは、間違いなく、私たちがそれに向かって努力すべき理想であり、私たちが生きている限り続くプロセスである。書物は有益な情報を提供してくれ、新しい洞察を与えてくれるし、勇気づけてもくれる。しかし、知識だけでは私たちを変えるには十分ではない


もし知識だけで十分なら最高に博識の人々は最も優れた人々であるということになるが、私たちは自分自身の経験からそれが事実と違うことを知っている。知識は美徳になることはあっても、それ自体が美徳であるというのではない。自分自身についてより多く知るということは、幸せに生き、恵まれた生活を送るという目標達成の手段であるにすぎない。


しかし、知識だけをもっていても、美徳や幸福や目標達成をもたらしてはくれない。書物は、私たちが直面する問題のすべてに答えを用意してくれるわけではないし、私たちが探求に励むのに必要とする勇気を与えてくれることもない。そういうことのためには、自分自身の内部だけでなく、自己を超越したところをも見なければならない。


さらに付け加えれば、本書はエニアグラムに関しても性格のタイプに関しても最終決定版ではないし、またそうなることはあり得ない。常に何か付け足すことはあるものであるし、新たな関連も見つかるし、新たな解釈も出てくる。おそらく、精神の神秘が完全に理解されることはまずないから、それが完全に説明されることもあり得ないであろう。


では、どうすれば人間は、人間性を完全に客観的な方法で学ぶために自分自身の外側に立つことができるのであろうか。どうすれば私たちはキルケゴールが示唆したように、他人に対しては完全に主観的に、そして、自分自身に対しては客観的になることができるのであろうか。人間性を説明しようとする心理学者自身、人間なら誰しも陥りかねない、あらゆる歪曲と自己欺瞞の影響を受ける存在である


人間全体を「神の目で見渡す」ことができる者はいないのであるから、全体とはいったい何を意味するのであるか、絶対的確信をもって断言できる者はいない。だからこそ、心理学には信仰の要素がある。もちろん、それは必ずしも宗教的な信仰ではなく、科学的に証明できるものを超えた、人間性に関する一連の信念といったものである。


だからこそ、自分自身に関して何らかの最終的、客観的な真実を手にすることはほとんど不可能である。究極の答えにたどり着くよりも重要なのは、真実を求める探求者になることである。自分自身に関する真実を誠実に探し求めていく過程で、私たちは、今ある自分から可能な自分へ― より完全で、自分を肯定し、自己を超越する人間へと、徐々に変容していく。

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日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
武者小路実篤の言葉
何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか、家のためですか。親のためですか、夫のためですか、子のためですか。自己のためですか、愛するもののためですか。愛するものを、持っておいでですか。
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佐藤蓼丸

Author:佐藤蓼丸
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