「ありのままで」という欲求
エーリッヒ・フロム「生きるということ」紀伊国屋書店 より
現代社会においては、持つ存在様式は人間性に根差していて、それゆえ事実上変えることは出来ないとされている。
同じ考え方を表現するのが、人々は根本的に怠惰であり、生まれつき受動的であり、物質的利益や、飢えや、罰の恐怖という刺激に駆り立てられなければ、仕事もそれ以外の何事もすることを望まない、という定説である。この定説を疑う者はほとんどなく、これが私たちの教育と仕事のやり方を決定している。
しかしこれは、社会的な取り決めが人間性の要求に従っていることを理由にしてその価値を証明しようとする願望の表れにほかならない。
過去及び現在の多くの違った社会の構成員にとっては、人間の生まれつきの利己心や怠惰という概念は、その反対の概念がが私たちにとって空想的に聞こえるのと同じほど、空想的に思われるだろう。
実際には、持つ存在様式も、ある存在様式も、ともに人間性における可能性であり、生存を求める私たちの生物学的衝動は、持つ様式を促進する傾向を持つが、利己心と怠惰だけが人間の生来の性癖であるわけではない。
私たち人間には、ありたいという生来の深く根差した欲求がある。それは自分の能力を表現し、能動性を持ち、他人と結びつき、利己心の独房から逃れ出たいという欲求である。この所説の真実性を証明する証拠はあまりに多いので、それだけで容易に一冊の本が埋まるだろう。